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201212月「自己表現とチームワーク」

園庭いっぱいに落ち葉が散り敷かれるようになると、あちこちのクラスから、クリスマス発表会のための大きな声が聞こえてきます。
何をやるのにも決して力の出しおしみをしない子どもたちですから、おなかから出てくる声にも張りがあり、自信たっぷりで誇らしそうな顔をしています。きっと、自分という人間がここにいるということを、はっきりと感じ取る喜びが大きいのでしょうね。
ところでモンテッソーリ教育では、子どもひとりひとりの気持ちを大切にして、自分らしさを最大限に発揮できるようになることを目指していますが、人間社会はもっと複雑です。たとえば発表会のクラス劇では、「みんなのために」「みんなといっしょに」にならなければいけません。そこで、子どもの良い成長のポイントのひとつとして、「自分」と「みんな」の関係をどうこなしていくかがありますが、決め手となるいくつかの点を挙げてみます。
「知性を発達させる」・・・知性とは考える力ですが、つまるところは、人間がどう環境に適応していけるかを考える能力です。ですから、小さい時から子どもが知性をはたらかせ、伸ばしていくような環境づくりが必要です。
「寛容や従順の気持ちを持つ」・・・何でも「自分が、自分が」では世の中ギスギスしますし、そんな人は嫌われます。やはり、周りの人に対し心を広く柔軟に接することが大切ですが、これは自分がひとりの人間として大切にされる環境の中から生まれてきます。
「自分の居場所がはっきりしてくる」・・・心地良く安定し、いつも楽しい居場所があると、幸せな気持ちになれます。その居場所は、自分の周りにいろんな人がいっぱいいるから作られるのです。
「他人の評価で自分を知る」・・・受容性があって居場所を持っているということは、他人の自分に対する評価が耳に入るということです。それによって第三者が見た自分のことを、客観的に知ることができます。
毎日の生活も当然のことですが、運動会や発表会も子どもの社会性の発達が試されるときでもあります。子ども自身は意識してないかも知れませんが、私たちは良く意識しておく必要があります。というのも、大きくなるにつれ個性がはっきりと表れてきますが、他人の個性とぶつからずにうまく調和して生きていって欲しいと願うからです。 


201211月「子ども」と「先生」と「環境」の三角関係」

  柿の実も熟し、木の葉の色も変わりはじめる晩秋の季節がやってきました。日本のことばでは、自然をあらわす音や色(たとえば雨や風の音、雲の形や色)が、多彩な変化に富んでいますが、はっきりとした四季の特徴があるからでしょう。その四季にうまく溶けこみ、変化を大いに楽しんでいるのが子どもたちです。自分の成長のために環境の変化を利用し乗り越えていく気持は、いつどこで身につけたのでしょうか、不思議に感じられます。
 ところでモンテッソーリ教育の方法は、「子どもの成長のために必要な環境が整えられたなかで、活動の自由を保障すること」とされています。したがって一般の方法とは異なり、「子ども」と「先生」と「環境」の三つが三角形をつくりますが、具体的にはどういうことなのかを説明しましょう。
 @「先生」と「環境」の関係
 先生は、子どもたちの活動の場としての環境を準備します。「敏感期のあらわれ」にいつでも対応できるように、「自発性」を思う存分はたらかせるように、「吸収能力」が活かされるように、子どもの良い成長の目線に立って、クラスや園庭のあらゆる環境に手を加えていきます。
 A「子ども」と「環境」の関係
 子どもが環境とかかわろうとするとき、いちいち先生の許可や指図を受ける必要はありません。あくまでも子ども自体の気持から出てくる興味や関心が優先されます。どんなお仕事をやろうと、どれだけ長い時間やろうと、どんな場所でやろうと、それは自由です。ただ子どもがお仕事のやり方がわからない時だけ、先生は必要最小限度の手や口を出していきます。
B
「子ども」と「先生」との関係
これは相互信頼関係です。子どもは、自分が持っている強い成長意欲に気を配ってくれ、援助の手をさし伸べてくれる先生を最も頼りにします。それに対し先生は、どんな子どもでも生まれつきもっている良い性格を、いつかは必ず表に出してくるということを信じることです。
園での生活はこの三角形のはたらきのなかで行われていますが、それがうまくゆくには、正三角形としてバランスが取れていなければなりません。そのためには、ひとりひとりの先生や園全体として、チェックしていく必要があります。なかなか難しいことですが、うまくいった時は子どもが笑顔で答えてくれますので、大いにやり甲斐のあることでもあります。

2001210月「スムーズな動きは良いコーチと練習から」

 台風一過、ようやく秋らしい空気が満ちてきましたが、運動会はいかがでしたか。私は、ひとりひとりの子どもが自分の立場や役割をわきまえながら、集団としての行動を見事にこなしているのに、毎度のことながら感心させられました。また、何をするにもニコニコ笑って楽しそうでしたね。素晴らしい「こどもワールド」を見せてもらった一日でした。
 ところで、子どもの成長の大きな部分が「動きを獲得すること」、すなわち「どうすればどんな動きができるか」「もっと上手な(スムーズな)動き方をするためにはどうしたらいいのか」ということです。そのためには、自分の思いどおりに動く身体にする必要があります。このことを随意筋を発達させるといいますが、そのためには子どもの身体の動きを休ませてはいけません。毎日、室内でも園庭でも、思う存分動かし続けることが大切です。
 子どもは動きが未熟なところからスタートしますから、スムーズに動けるためには先生というコーチが必要です。コーチの役割は、@ 子どもが思わず「やってみたいな」「面白そうだな」と手を出したくなる環境を作ることです。A また、子どもがその動きの中味がよくわかるようにやって見せたり説明したりして、そのうえできるようになるまで根気づよくかかわってやります。B 大切なことは、子どもが自信を持つような誘いかけやことばづかいです。自信を喪失させたり劣等感を持たせたらコーチ失格です。
 有難いことに、子どもを指導するのにそんな苦労はありません。なぜなら、どの子にも生まれつき「模倣性」「吸収能力」「自発性」「運動の敏感期」「繰り返し動作が好き」があって、見て真似て上手くなりたいという強い気持ちがあるからです。遊びが練習であり練習が遊びであることを、心ゆくまで楽しんでいます。「疲れたから休む」とか、「手にマメができて痛いからやらない」という感覚とは全く無縁です。
 おとなになって、私たちはよく「鉄棒の逆上がりができない」「自転車に乗れない」「泳げない」「ボールゲームが苦手」という事を聞きます。子ども時代のどこかで、それを教えてくれるコーチや練習が欠けていたのでしょう。エミール保育園では、どの子にもたっぷりと与えます。上手くできた時の快感や喜びの表情が、園内にあふれているのが私は大好きです。 

200129月「友だちが自分を育ててくれる」  
 朝から照りつける暑い日ざしの中で、木の枝を見上げながら蝉取りに夢中になったり、大きな歓声をあげ水しぶきを飛ばしながらプール遊びに興じたりして、子どもたちは元気に夏を過ごしてきました。季節の変化がどうであれ、毎日たくさんの友だちと一緒に過ごすことは大きな喜びであり、成長にとっても欠かせないものなんでしょう。それがより具体的にはどういうことなのかを、今回は考えてみたいと思います。
 @ まず第一に、人が持つ群生本能をたっぷりと充たしてくれるということです。人は動物にくらべ少ない本能しかありませんが、そのひとつが、孤独がいやでいつも誰かといっしょにいたいということです。家族や多くの友だちと毎日楽しく過ごせることは、この基本的な本能を満足させ、心の安心をもたらしてくれます。
 A 友だちは、自分自身をうつし出す鏡みたいなものです。人は自分で自分のことを見ることはできません。だけど、周りの人たちの自分に示す表情や接し方という反応のなかに、自分の本当の姿を感じることができます。この反応をしっかりと受けとめ理解しておけば、決して自分を見失うことはないでしょう。
 B 友だちは、自分のやりたいことの見本となってくれるモデルであり、できるように教えてくれる先生です。子どもの教育は、「やってみせる、見て学ぶ」が基本です。ことばだけの指導より、目の前で実際行なわれることを吸収していきます。クラスや園庭で繰り広げられている活動は、全部自分の学びの対象となっていることは間違いありません。
 C また友だちづきあいの中で、社会性が身についてきます。言いかえれば、他人との間合いの取り方を覚えてくるのです。おとなでも人づきあいは楽ではありませんが、それは間合いの取り方に苦労するからです。この苦労を少なくするためには、やはり幼い頃から、男女・年齢を問わず多くの人とまじりあって、豊かな経験を積み上げていくしかないでしょう。 
 私もこれまでの長い人生を振り返ってみる時、友だちの有難さ、大切さを身をもって実感することができます。もちろん家族も欠かすことのできない存在ですが、友だちからもより広いより深い人間関係を味あわせてもらいました。
 毎日、友だちと無心に遊ぶ子どもたちも、本能的にそれがわかっているのでしょう。だからこそ、あんなに楽しく嬉しそうな表情を見せてくれるのでしょうね。
 

200128月「子どもは、なぜあんなにお仕事が好きなのか」 

  集中豪雨の心配からとはいえ、花火大会もキャンプもできずに終わり、子どもたちをガッカリさせてしまいました。四季折々に行ういろいろな行事は、みんなといっしょに楽しむことはもちろんですが、成長の具体的な目安や目標にもなっており、それを実感できなかったことも残念でしょう。その代わりになるものを何か考えついて、子どもたちへの埋め合わせをしたいと考えています。
 ところで、こんなにまわりの事情がザワザワしていても、子どもの生活の中心はお仕事で、毎日黙々と取り組んでいます。なぜこんなに一生懸命になれるのか、その理由をいくつか挙げてみましょう。
  @ まず第一に、人はだれでも生まれつき、自分の想いを形にとしてあらわし、結果として残すために活動する傾向があります。また、より良いもの、より完成されたものを目指して、何回も繰り返していきます。モンテッソーリはこれを「ホモ・ラビリエンス(労働するヒト)」と名づけましたが、子どもも全く同じです。
 A 子どもの活動は、外見的には遊びみたいに見えますが決してそうではなく、全て自分という人間をつくりあげることに向けられています。ほとんど空白の状態で生まれた子どもは、自分で身体を動かし、じかに環境に触れることによってそれを自分のなかに取り込み、また手や指を活発に動かしながら脳を発達させます。そして、自分が置かれた環境の中で生きていく知恵を身につけ、ものごとを考える能力を獲得していくことのなかから、人格・個性・人間性が形づくられていきます。
 B 私たちは、できるだけ子どもの自発的意思を尊重します。これは子どもをひとりひとりの人間として認めていくという最大級の愛情表現ですが、この好ましい雰囲気につつまれて活動するうちに「注意集中現象」が生まれます。無我夢中のなかで自分の存在を確かめ、しかも作業もどんどんはかどっていけば、こんな幸せな状態はないでしょう。終わった後に「達成感」や「心の安定感」が残るとなればなおさらでしょう。
 以上、子どもがお仕事に夢中になるポイントをいくつか挙げてみました。子どもからすれば、「何かがうまくなる」「何でもうまく作れるようになる」ことは大きな喜びでしょう。しかし私たちの喜びは、子どもの姿が変わっていくのを見ることができることです。子どもの中に潜んでいた素晴らしい人間性が次々と姿をあらわし、人格として形づくられていく。これを目撃出来ることです。目の前で展開されるこんなダイナミックな光景を、心ゆくまで楽しんでいきましょう。


20012
7月 「敏感期に導かれて成長する」 

 梅雨明けにはまだ間がありそうで気持ちよく雨が降っていて、木々の緑もサワサワと水浴びをしています。以前旅をしたエジプトでは、年間にたった3ミリしか雨が降らず、どこもかしこもほこりっぽかったのですが、それにくらべて何というさわやかさでしょう。水や空気や食べ物と、自然の恵みに感謝することの多い日本で暮らせるということは、それだけで幸せといわなければならないでしょう。
 ところで子どもたちは、生まれてから5.6年の間に、「確実に」そして「急速に」成長していきますが、それを支えているのが、どの子にも生まれつき備わっている「自発性」「吸収能力」「敏感期」です。今回は、そのなかの「敏感期」について述べていきます。
 @ 敏感期とは、子どもの頃のある一定の時期に、ある特定のことに特別に興味を示し行動することを言います。たとえば、2歳から3歳くらいまでの間に、やたらと物の場所や順番や約束ごとにこだわわりを見せますが、これは「秩序の敏感期」にあるからです。また3歳ぐらいまでに話しかたをマスターすると、次は読んだり書いたりすることに夢中になるのは「言語の敏感期」ですし、数字や計算に興味を示すのは「数の敏感期」だからです。この他にも、「運動」「感覚」「小さいもの」「幅広い文化的なもの」「社会的なもの」など、いくつかの敏感期が現れては消えていきます。
 A モンテッソーリはこれを、「子どもに与えられた成長のためのプログラム」と呼んでいますが、子どもの人格形成の土台づくりとなります。特に子どもの知性を大きく発達させ、順調に敏感期を過ごした場合は、「論理的思考能力」「自己教育力」「集中した作業能力」などが身についてきます。
 B そのために私たちの役割として大切なことは、ひとりひとりの子どもに、いつどんな敏感期が現れても対応できるよう、前もって環境を準備しておくことです。もし自分のまわりに必要な環境がなかったら、あふれるようなエネルギーは無駄なことばかりに使われ、知性の発達は足ぶみし、ひいては自分自身の存在そのものを見失うかも知れません。幸いにもモンテッソーリ教具は、子どもの望みを充分にかなえてくれます。だから私たちは、子どもが教具にしっかりと取り組んでいけるように、その橋渡し役をつとめていきたいと考えている毎日です。

200126月 「見ながら学ぶたてわり保育」 

 気温がグングン上がってきて夏の入口にさしかかってきましたが、子どもたちも進級後の帽子の色が板についてきたようです。そして園庭遊びもますます活発になってきました。木の葉は周りの葉っぱとこすれあえばこすれるほど、緑が増してつやつやと繁るそうですが、大声を出して友だちとたわむれている子どもたちにもあてはまりそうです。いよいよ今年の園生活も、調子が上がってきてることを感じます。
 ところで、子どもたちは毎日「たてわりクラス」のなかで過ごしています。このことはすなわち、自分の周りにはいっぱい「小さな先生」がいるということです。子どもの学びの特徴は、「誰かがやっているのを見て、そのとおりに自分もやってみる」ことですが、クラスには見本やお手本だらけです。子どもにとって、「何でも自分でやってみたい。だけどやりかたがわからない」のが悩みですが、それがいとも簡単に解決されるのです。教える子どもも心得たもので、「やさしく、ていねいに、わかりやすく、何度でも」とクラス担任も顔まけのありさまです。
 さらにたてわりクラスでは、年齢が「たて」「よこ」とからみあっていますから、いろいろな人間関係も学んでいきます。力を合わせたり、争いを仲裁したり、ゆずり合ったり、許したり、こんな人間社会の縮図のなかで、毎日もまれ続けるのです。そうすることで、自分と他人との距離感のとり方、いごこちの良い自分の場所の作り方などを体感します。「自分の人生の全てを幼稚園の砂場で学んだ」という題名の本がありますが、あながち嘘でもないでしょう。
 このたてわりの生活を本当に充実させるためには、保育の内容が土台づくりになってきます。
 ひとりひとりの子どもが、「今何をしたいか、何をやらなければならないか」という目的をはっきりと持っているからこそ、この人間関係が生きてくるからです。その意味で、モンテッソーリのさまざまな教具は、立派に子どもたちの期待にこたえているといえるでしょう。
 毎月のクラスだよりのなかで、年上の子からの「わかっとお?」「いっしょにしてやろうか?」「手伝っちゃろうか?」という言葉かけが紹介されています。決して押しつけでもお節介でもなく、自然な口ぶりです。こんな自然であたりまえのつながりのなかから、きっと素晴らしい友だち愛、仲間愛が生まれてくるんでしょうね。


200125月 「良いものを表に出していこう」 パートU

 梅のあとを追うようにつつじや藤が咲きはじめ、けやきの新緑が園庭をおおい、気持ち良さそうにこいのぼりも泳いでいます。そんな心地よい自然の風景にさそわれるように、新入園のお友だちも少しずつ園での生活に慣れてきました。見知らぬものへの興味や好奇心が成長を強くあと押ししてくれるでしょうが、同時に少しでも早く自分の居場所を見つけて欲しいものです。
 それでは先月のパートTの続きとして、子どもの持っているいいものが、どうすれば表に出やすいのか考えてみましょう。
@
 まず子どもの自発的意思を尊重し、自分で選択できる機会を多く持たせる。
 これは子どもをひとり前の人間として認めてやることでもあり、自尊心を満足させます。  家族での話し合いに参加させることなども、ひとつの方法です。
A
 「敏感期」を満足させるような環境のなかで過ごす。
 敏感期とは子どもだけに与えられている「成長のためのプログラム」で、環境さえ整っていれば自分の力で成長していきます。反対に充分な環境では、成長のスピードが鈍っ  たり方向を間違うと同時に、自分の存在が否定されている気持ちにおちいることもあります。
B
 自分で考える力を育てていく。
 モンテッソーリ教育で使う教材や道具は、全子どもの知性のはたらきを促し、論理性、想像力・創造力が養われていきます。考える力を身につけた子どもは、ある程度の先見性をもって、何が最適であり最善のものであるかを選ぶことができるようになります。
C
 できるだけ多くの人間とまじわるようにする。
 人は他人とまじわることによってしか、社会的知恵を得ることができません。家族や園でのクラスメート、特に「たてわりクラス」では、異年令の子どもも加わって、「たて」と「よこ」の人間関係をたっぷりと経験することができます。


200124月 「良いものを表に出していこう」 パートU

 ポカポカの春の日差しに誘われてとはなかなかいかないこの春ですが、ようやく咲き始めた桜の花とともに、沢山の新しい友だちがやってきました。初めての社会参加でどんな気持ちでしょう。園では、この子どもたちが一日も早く居心地の良い自分の場所を見つけられるように、心配りをしていきます。そして、やがて見ることができるはじけるような笑顔を楽しみにしています。これからのびっくりとおどろきの連続を、ワクワクしながら感じていきましょう。
 ところでモンテッソーリは、40年間にわたりヨーロッパやインドで子どもを観察して、どの子も実に多くの素晴らしい性格的要素を持っていることに気づきました。その具体的な内容を紹介します。
 ・「自分の意思で選ぶことができる」・・・これは自発的成長発達力のあらわれです。
 ・「自立心がある」・・・他人に頼らない生活力を身につけることは、大きな喜びです。
 ・「仕事をすることに愛着心を持っている」
・・・単なる遊びよりきちんと結果が出る仕事からは、達成感を味あうことができます。
 ・「深い自発的集中力をあらわす」・・・集中すれば仕事がはかどるとともに、気持ちが安定してきます。
 ・「秩序感のある生活や環境が好きである」・・・子どもは、秩序ある行動がとれる人間になりないと、強く願っています。
 ・「他人のことを気にかけることができる」・・・平和でいさかいのない生活をしていくために、他人のことを強く意識しています。
 ・「静けさとひとり作業が好きである」・・・このことによって、より深く集中できるからです。
 ・「他人の言うことを素直に聞くことができる」・・・他人の存在を大切にし、自分も他人から大切にされるという人間関係を学んでいきます。
 ・「所有欲が少ない」・・・自分のものにしたいと思うより、それを使って何か活動したい気持ちのあらわれです。
 ・「人生を楽しんでいるように見える」・・・生まれてきたことを喜ばれ、愛されていると感じることのあらわれでしょう。
 ここで挙げたどれをとっても、全ての子どもたちが気高く質の良い人間になれることを指し示しています。しかしながらあくまでも可能性にしかすぎませんので、どうしたら現実のものとして子どものなかから導き出せるのか、その方法をパートUで述べていきましょう。 (園長より)

2001112月 「心の安定から 全てが始まる」

いつの間にか師走の季節となりましたが、東北震災発生の日からもう9カ月になろうとしています。ニュ−スなどで力強い復旧の姿を知ることも多いですが、乗り越えなければならない困難なことも、まだまだ山積みしていることでしょう。何のお手伝いもできませんが、一歩ずつ前へ進んで行ってくださいと祈っています。
 ところで、子どもの成長は一歩どころか三段とびです。いつの間にか、顔も身体も心も変わっています。
 このように、子どもはおとなが想像もつかない早さで成長していきますが、それだけに精神的に不安定になりがちです。そうならないためにも、私たちは次のようなポイントを心がけたいものです。
 @ 子どもの敏感期を常に満足させられるような環境を準備しておく。
 この環境がないと、せっかくの成長のエネルギ−のもって行き場がなく、無駄に浪費されてしまいます。「自分自身の存在が否定されている」と感じるようになります。
 A 周りの環境が整然と秩序だっており、守りやすいル−ルもきちんと決められている。
 子どもは、自分の周りにある秩序やル−ルを自分のなかに取り込んで、行動の目安となるものを作っていきます。だから環境の中できちんと準備されていないと、どう動いていいかわからず「環境の迷子になってしまう」とモンテッソ−リは言っています。
 B 園でも家庭でも、子どもが居心地良い場所(定位)を作れるように導いて行く。
 定位があれば、子どもは落ち着いてその環境になじんでいきます。そしてそれを足がかりとして、さらに大きな世界へ旅立っていきますから、とても大切な場所といえます。
 C 子どもの人格を尊重し自由意思のはたらきを認め、ともに生きていく喜びを感じさせる。
 どの子もそれぞれに生きていく舞台を持っています。その舞台に立って晴れがましい気持ちにさせてあげましょう。
 おとなでもそうですが、良い成長は自分の前向きの気持ち(自発心)からの行動が、それをもたらします。その自発心を発揮する土台となるものが「精神の安定性」なのです。子どもの心の動きは率直ですから、安定しているかどうかは、顔の表情や目の動きに表れてきます。普段からしっかりと見守っていき、安定の度合いを確かめていきましょう。  

2001111月 「家庭でできるモンテッソ−リ教育」

 けやきの葉っぱも色づきはじめ、秋の深まりを感じる季節となりました。大園庭の3本のけやきは、40年前の開園の時に、ある人からいただいて植えたものです。40年間、自分も大きくなりながら、じっとたくさんの子どもたちの成長を見守ってきたので、先日の祝賀パーティを何よりも喜んでいることでしょう。日かげを作ってくれたりセミをとまらせてくれたりと、これからもずっと役に立ってくれると信じています。
 ところで、家庭でできるモンテッソーリ教育について、これまでにも数多くたずねられました。いくつか挙げておきますので参考にして下さい。
 @ モンテッソーリ教育では、子どもが自分の身体、特に手や指を使って行う活動が求められます。その理由は手や指の動きが脳の発達に大きく影響してくるからです。ですからお家でも、子どもの回りにブロックや切り紙細工、工作物、粘土、はた織り、絵画用具等、いつでも活動できるように準備しておいて下さい。
 A 日常生活のなかで、子どもにできるものまたはやりたがるものには、どんどん参加させましょう。子どもは見よう見まねで何かやることが大好きですすし、家庭での活動は全て本物の道具を使い、結果がでますので、目を輝かして取り組みます。園での活動の延長ですから、危ないことはあまりないとは思いますが、できたら子どもサイズの用具があったらいいですね。
 B 子どもの気持ちを尊重し、自分で選ぶことができる場面を作っていきましょう。子どもの持っている強い自発性は、そのまま伸ばしていけば力強い能力になります。そのためには、自分で選べるという判断力を養い、選んだ結果に対する自信を持たせることが大切です。つい口出ししたくなりますが、そこはじっと我慢して下さい。
 C 「自由と規律はコインの裏表」です。ですから子どもの自由な気持ちを大切にすると同時に、守るべきこと、やらなければならないこと、やってはいけないことを子どもによく理解させ実行して下さい。
 保育園に通園している子どもは、園での活動だけでも教育的部分は充分に満たされています。これに対し、家庭は家族が心や身体をゆったりと休ませる場所ですので、ここで述べたことにあまりこだわることはありません。
 ただおとなとちがった子ども独特の成長パターンがありますので、それに合わせた生活のなかで何がベターなのかを知ってもらいたいと願い、いくつか挙げておきました。

2001110月 「知性が伸びたら 世界が広がる」

台風が過ぎ去ったあとのさわやかな秋晴れに恵まれ、皆様のご協力も得て、無事に運動会を行うことができました。子どもたちのはじけるような笑顔と元気いっぱいの動作には、いつ見ても胸がいっぱいになります。同時に、何回も練習を重ねてきたなかで、いつどこでどう動けばいいのかのわきまえが、はっきりと見えていました。運動会という大きな渦の中でもまれることで、子どもたちの人間性もまた磨きをかけられるのでしょうね。
 ところでよく「人格を形成する」と言いますが、「人格」とは「知性」「情操」「意思」の組み合わせで成り立っています。この中でも特に知性は、他の動物にくらべて人間だけに、高度で質の良いものが備わっているものです。
 「知性」の内容は、分別するはたらき、考える力、想像する力、表現する力等ですが、まとめて言えば「自分の置かれている状況を知り、その環境に対して適応した行動をとらせるはたらき」となります。ですから、より豊かな知性が身につけばつくほど、人間は環境に順応し、コントロールすることによって、気持ちよく過ごすことができます。
 「知性」は、肉体とちがい高齢になってもずっと続けて発達させることができます。ただそのためには、それが可能となる良い環境が必要ですから、子どもの過ごす環境として、私たちは次のようなことを配慮しなければなりません。
 @ 手や指の動きを盛んにして脳に多くの刺激を与えるとともに、「目と手の協応した活動」も繰り返し経験させていきます。
 A 雑多な体験から、「分ける」「集める」「合わせる」「つなぐ」「囲む」などをきちんと整理・整頓するために、感覚教育が大いに役に立ってくれます。
 B 「良い身体の動かし方はどうすればできるか」をいつも考え、はっきりと意識させるようにしていきます。
 C「学習の一貫性と発達の連続性」を目指して、はっきりとして道すじを持った教具・教材を子どもたちは使って、お仕事を続けていきます。
 より豊かな知性が身についてくれば、いろいろな角度からものごとを見るようになります。また想像力をはたらかせて、目の前にないことがらにもイメージをふくらませ、自分を遠くまで連れていってくれます。智恵が湧き出て、知識もどんどん吸収していきます。
 子どもたちの目の輝きや元気な身体の動きのなかから、より広い世界をつかみ取ろうとする迫力を感じるのは、私だけではないでしょうね。

200119月 自由と規律はコインの裏表」

今朝もまた、蝉取り用の白い網が園庭を走り回っています。しばらくすると、プールの方から水しぶきの音と大きな歓声が聞こえてきます。見馴れた光景ではありますが、真夏の暑さにも全くめげない子どもたちのエネルギーが充満している園庭は、まさに「パワースポット」と言えるでしょう。いま「がんばれニッポン」の声とともに将来への道が築かれようとしていますが、このパワースポットがある限り、必ず明るい未来が見えてくるものと信じています。
 ところで、「モンテッソーリ教育では、子どもを自由に活動させているのに、自分勝手なことをして友だちを困らせたり、クラスの中で騒ぎまわるようなことがあまりありませんね」という声をよく聞きます。「本当の自由は、規則正しい心に支えられている」という大切なポイントから受ける印象ですが、このことが子どもの心にしっかりと根づくように、私たちはいくつかの事を心がけています。
 @ 教具を使ってのお仕事はゆっくりと正確・精密にやり、落ち着いた心や美しい動きを求めるようにする。
 A 「日常生活の練習」で身につけたものを生活の全てのなかで実行していき、秩序ある行動ができるようにする。
 B 誰でも納得して守ることができるル−ルを、自分たちで考え出していく。
 C 「たてわりクラス」のなかで自然に発生してきたル−ルを、守り受け継いでいく。
 D 先生は「クラスの隅々にまで秩序の網が張りめぐらされているか」をいつも考えておく。
 以上述べたような生活の枠組みのなかで過ごしているうちに、次々と素晴らしい現象が生まれてきます。
 ア、自分の自由意思を大切にしながらも友だちの自由意思を尊重し、集団生活を楽しむことができる。
 イ、無秩序な生活のなかで引きおこされる無駄なエネルギ−の浪費をしない。
 ウ、生活秩序が安定してくれば、情緒も安定してくる。
 エ、秩序の整った環境を手がかりとして、自立した行動がとれるようになってくる。
 自由な活動を保障するモンテッソ−リ教育は、子どもを幸せにします。しかし正しい導き方を間違ったり理解が不足していれば、「自己中心」になったり「放任状態」になったりします。だから私たちは「自由と規律はコインの裏表」の意味をいつも考えながら、大きく道を踏みはずさないように心がけています。

200118月「小さな子どもの気持ちの進化」

今朝もプ−ルの方から、子どもたちの楽しそうな歓声が聞こえています。どんなことにも出しおしみせず全力でぶつかっていく子どもたちですが、それは0歳〜2歳の年齢の場合もいっしょです。というのも、子どもは自分の体を自分の意思で動かすことによって、調和のとれた心と体を作りあげているからです。ただ体の成長は目に見えるものですが、目に映らない心の進化はどうなっているのか、いくつかのことがらを挙げてみたいと思います。
 @ まず、自分自身に対する基本的信頼感が生まれます。
 環境のなかで自由に動きまわり、自分の持っているさまざまな能力を試しているうちに、健全な自我が生まれ自分に対する信頼感が高まってきます。
 A 次に、自信がついてきます。これは、自分の能力は信頼に値すると実感したり、自分には問題解決の能力があると実感することで、やはり自由に動きまわることの中からつかみ取ります。この自信がチャレンジ精神につながり、その結果多くの達成感を味わうことができます。
 B 「独立心」と「自律心」が備わってきます。
 自分にとって必要なことは自分でやれるようになれば、少しずつおとなの手から離れていきます。同時に、場合によっては自分をおさえて我慢したり、ルールは守らなければならないことも学んできます。
 C 「自尊心」が芽ばえてきます。
 家族や友だちとともに、日常の生活に必要な活動を行なっていくうちに、「自分には出来る」「自分にはそれなりの価値があり、大切な人間なんだ」ということを実感していきます。
 D 社会生活に参加する喜びを味わう。
 ままごとではない本物のお仕事をすることによって回りの人から喜ばれ、自分もみんなといっしょに過ごすことを楽しみます。ここから豊かな社会生活をおくる第一歩を踏みだしていくのです。
 最後に、これまで述べてきたことをまとめた、子どもからのメッセージをお伝えしましょう。
 「私にはできる。私には何かしらの価値がある。周囲の人たちは私の協力を必要賭している。私のする仕事は他の人にとって意味があり、私は無力な存在ではなく、何かすることによって周囲の世界を変えることができる」。
 このメッセージは、子どもの人生にとって大きな支えとなっていくものです。 園長より

200117月「バランスのとれた子どもに育って欲しい」

今日もまた、私のご自慢の風景を見ています。それは、ほんの5分前までクラスで静かにお仕事をしていた子どもたちが、今は園庭で元気よく体操したり、大声をあげながら遊びまわっている姿です。見た目には極端ともいえる場面のちがいですが、それを当り前のようにやってしまうのが子どものバランス感覚です。バランス感覚を身につけることはとても大切なことですが、小さい時から毎日の生活のなかで心がけなければいけません。そのためのポイントをいくつか挙げてみましょう。
 @ まず、大きな筋肉も小さな筋肉も充分に使いこなせて、身体全体の動きを調節できるようになることです。身体と心は連動していますので、必ず心のバランスを作るのに役立ってくれます。
 A 静かで落ち着いた環境と、騒がしく活発に動ける環境の切り替えをうまくやっていく。
 全く異なる場所でどう過ごしていくかを学ぶなかで、自然とバランス感覚が養われていきます。
 B できるだけ数多くの人間と交わっていく。
 それぞれちがった人間とうまく付き合うには、ちがった距離間の取り方が必要です。また、我慢したり許したり助け合ったりしていきます。こうしてバランスのとれた社会性が身についていきます。
 C いつも情緒を安定させておく。 
 心が乱れず落ち着いて安定した状態であれば、自分の感情をコントロ−ルしやすくなります。そうすれば、冷静で周りの状況が良く見えた、バランスの良い判断をすることができます。
 D「自尊心」「プライド」「自信」等をつけさせる生活をさせていく。
 これらは自分をより良く理解できるためのポイントで、しっかりと身についていればゆらぎがありません。バランスよく過ごすための足元固めといったところです。

 子どもたちの長い人生はまだ始まったばかりです。目の前にはデコボコしたり、曲がりくねったり、急な坂道もあるでしょう。しかしそれを踏み外さないようにするのはバランス感覚です。また調和を感じさせる人の周りには、多くの人が寄ってきて手をつないでくれます。
 私はエミ−ル保育園の子どもたちが、みんなバランスの取れた人間になることを願って、それにふさわしい環境を作っていきたいと考えています。

200116月「子どもをひきつけるモンテッソ−リ教具」

 新しいクラス環境にも慣れてきて、子どもたちは、自分の選んだお仕事にそれぞれ取り組んでいます。いつでも、誰でも取り出せるように、教具が準備されているのがモンテッソ−リ教育の環境ですが、どの教具も子どもの成長を導いてくれるものばかりです。だからこそ、子どもと教具の間には相思相愛みたいな関係がうまれてきますが、今回はそこのところを少し詳しく説明してみたいと思います。

 @まず最初に、生まれてから6歳くらいの間に次から次へとやってくる「敏感期」を、充分に満足させることができるからです。敏感期とは、子どもがいろいろな能力を獲得しながら、自分をつくっていくための大切な期間ですが、いつでも夢中になって取り組める環境が必要です。「日常生活の練習」から「文化教育」までの教具は、子どもの欲求とうまくマッチングしています。
 A次に、子どもの挑戦意識欲やる気)を引き出してくれます。それぞれの分野の教具は、やさしいものから難しいものへとたどっていく道すじがはっきりとしており、子どもの「できたあ」「さあやってみるぞ」の気持ちをかき立ててくれます。
 Bさらには、子どもの知性のはたらきを活発にさせ、知性的頭脳を大いに発達させてくれます。それぞれの教具が持っている道すじというのは、子どもを具体物の世界から抽象の世界へと導いてくれるものでもあります。実際に目で見えるもの、手に取ることができるものの世界から、文字や数字などの世界に入ることは、自分の頭のなかで、いろいろと考えをめぐらせていくことになるからです。
 C手や指を使うお仕事は、人間の「作業本能」を満足させることにもなります。人には誰でも生まれつき「仕事をしたい」という傾向性があります。単なる遊び以上の内容を持つ教具を使うお仕事は、その傾向性にピッタリです。特に手や指のはたらきは脳の発達をうながし、正確な仕事ができるように導いてくれます。
 簡単な説明ではありますが、なぜ子どもたちが夢中になってモンテッソーリ教具に取り組むのか、多少は理解されたことでしょう。子どもは良い性格を山ほど持って生まれてきますが、教具の力でそれらが表に出てくるのは間違いありません。モンテッソーリ教具との出会いが、楽しくてたまらないと思えるような雰囲気づくりを、私たちも毎日工夫を重ねていきたいと考えています。  

200115月「楽しい生活から生まれるバランスのとれた成長 」

 桜の花から青葉若葉へと、エネルギ−に充ちた自然の変化につられるように、子どもたちの活発な活動も、とどまるところを知りません。嬉しそうな笑顔とともに大声をはり上げ、休むことのない手足の動きを見ていると、「楽しそうだな」のひと言に尽きます。「楽しいからこそ成長できる」ことを、教えらることなく本能的にわかっているのかも知れませんね。
 @ それでは、子どもにとって楽しい環境とはどんなことでしょうか。
・ まず最初に、次々とあらわれてくる「敏感期」を、充分に満足させてくれることです。子どもが自分に与えられた「成長のための宿題」を、次々とこなしていくこといができるためです。
・ 興味があることや挑戦してみたいことに、自分の意思で取り組めることです。そのためには、「何をするか」「いつするか」「どこでするか」等の自由が、しっかりとゆるぎなく認められていなければなりません。
・ いろんなことに一生懸命取り組んだ結果として、「やったあ」「できたあ」という成功感・達成感を味あうことができます。毎日の生活のなかで生まれるこの感じは、大きな「満足感」に変わるはずです。
 A @で述べた満足感は、子どもの心と体の成長に大きく影響してきますが、具体的にとらえてみましょう。
 「自信」・・・自分の持っている能力は信頼できると実感したり、自分には問題解決の能力があると信じてきます。
 「自立心」・・・自分にとって必要なことは、自分の手でできるという強い気持ちが生まれてきます。
 「自尊心」・・・「自分は大切な存在」であり、また「自分は大切なことができる人間である」という思いが生まれます。
 「社会生活への積極的参加意識」・・・友だちといっしょにいることを喜び、みんなと力を合わせて何かをやることに、大きな楽しみを感じます。
 「随意筋が発達する」・・・体の成長としては随意筋がどんどん発達していき、自分の思いどおりに動かせる身体になっていきます。自分の意思に忠実で自分の頭で考えながらの活動の結果であり、子どもにとってもこんなに嬉しいことはありません。
 新学期になって早くも、子どもたちの活動はフルスピ−ドで回転し始めました。

 200114月「子どもというのはこんな人 」

春だというのにひえびえとした風が吹いていましたが、それでも桜の花がちらほらと咲き始め、私たちの目を楽しませています。
 桜の花といっしょに、たくさんの新しいお友だちもやってきました。確かな足どりで成長を続けていくことには何の疑いもありませんが、ひとりひとりがどんな特色のある個性をつくっていくのか、とても楽しみです。どの子もしっかりと胸に受けとめて、いっしょに園生活を楽しみたいと思いますが、そのためにも「子どもとはどんな人なのか」を、ここで確かめておきましょう。
@
子どもは、自発的に意思をはたらかせて成長することができる。
 とはいえ、最初から何でもできるわけはありません。当然適切な手助けは必要ですが、過保護・過干渉にならないことです。あくまでも子どもの意思を大切にし、自発的活動を妨げないようにしましょう。
A
子どもは、環境を自分の中に吸収してしまうよう力を持っている。
 教えもしないのにいつの間にかことばを覚え、上手に話せるようになるのが良い例です。記憶ではなくスポンジのように染み込みますから、決して忘れてしまうことはありません。ただ良いことも悪いこともかまわず吸収してしまいますので、良い環境だけを整えていくようにしたいものです。
B
 成長の道すじとなる「敏感期」がある。「敏感期」とは、ある一定の時に、特定のことがらに強く興味を示すことです。ことばや文字・数字・秩序的なものや感覚的なもの、恐竜や国旗・地図 といった文化的なものなどです。
 この道すじは自分をしっかりと確かめるためのものですから、満足した敏感期が過ごせる環境を準備しておく必要があります。
C
子どもは、ものすごく速いスピ−ドで成長していく。
 「3つ子の魂は100まで」というのは本当です。というのも、整えられた環境で過ごせば、子どもの脳は3歳までに60パ−セント、8歳までに90パ−セント発達するからです。子どもの頃に無駄な時間を過ごせば、成長が間に合わないようになります。
 ここまで述べてきたことのなかで、私は「整えられた環境」とか「適切な環境」ということばを、何回も使いました。というのも、どの子どもも立派な人間になれる素質を持って生れてきますが、成長のために必要なものがそろっている環境のなかでしか、それが実現しないからです。だから私たちは、「今子どもたちのためにできる最善のことは何か」をいつも考え、できることから実行していきます。「成長」という答が必ず返ってきますので、楽しみにしながらこの1年を過ごしていきましょう。

 200113月「成長のしるしを誇らしく 」

やがて春の3月を迎える頃になり、さすがにピリッとした空気にもゆるみを感じ始めました。それとは逆に、ピリッと引き締まった雰囲気が、クラスのなかにはただよっています。どのクラスの子もどの年齢の子の顔も誇らしげです。それは当然のことでしょう。なぜならこの子どもたちは、これから述べる大切なことを、しっかりと身につけているからです。
@
 いろんなことにチャレンジし、できるようになるまで繰り返していく。
 成長することとは、できないことができるようになることですが、それにしても活動の種類の多さと、一生懸命の姿には驚かされます。この積極性があれば、どんな壁も乗り越えていけそうです。
A
 何をしたいか自分で選んで決め、自分で学んでいこうとする。
 自分で選んで決めたことだからこそ、面白くて集中しながら続けられるのです。また効果もあがります。この自己教育力さえあれば、豊かな知性につつまれた生活を過ごせるでしょう。
B
 自分を認め相手をも認めるような、広い心の持ち主になれる方向へ向かっている。
 自分の心を大切にする自由な生活は、まわりの人の自由も大切であることを学びます。これは豊かな社会性を発揮するための中心的なポイントとなるものです。
 C 自信を持って自己表現ができるようになっている。
 どんな時でも、はっきりと的確に自分を表わし、自分の考えを相手に伝えていって、はじめて理解してもらえます。園での自己表現のトレーニングの結果は、きっと役に立ってくれることでしょう。
 モンテッソーリ教育では、「子どもは子どもらしく」「人間は人間らしく」生きていくことを願っています。そのためには、幼い頃からそんな生き方が完全に許され認められていなければなりません。そうすれば、子どもたちは自分の力で成長のしるしを刻んでいき、誇り高い生き方をしていくようになります。そしてそのきざしは、やがて卒園していく子どもたちの表情のなかに、はっきりと見てとることができます。私も、この子たちと過ごした時間を自分の誇りと感じて、送り出したいと思っています。

 20112月 「何より大切な子どもの自発性」

 昨年の夏は猛暑日の新記録だったそうですが、この冬も猛寒日(10以下)?の新記録だそうです。こんな毎日にもかかわらず、子どもたちは「充実の冬」といった活発な姿を見せています。特に私の目を細めさせてくれるのが「6歳児コ−ナ−」のみどり組で、まさにこれまでのお仕事の総仕上げであるかのように、アカデミックな雰囲気をかもし出しています。自分のやりたいことさえ決まれば、こんなに真剣になれるんですね。
 ところで、なぜ子どもたちが誰に命令されるでもなく、真面目に真剣に環境とかかわっていくのかといえば、どの子にも生まれつき自発的成長発達力が備わっているからです。だから私たちは子どもの自発性を妨げず、最大限に尊重する必要がありますが、その効果をいくつか挙げてみましょう。
 @まず第一に、子どもは自分がひとりの人間として認められ、大事にされていると感じ取ります。そして安定した居場所を見つけ前向きな活動の足場を築くことができます。
 A脳が発達していくと同時に、体全体を結ぶ神経も発達させなければなりませんが、それがうまくいくには自発的・積極的な意思のはたらきと行動が大切だと言われています。
 Bどんなことでも最も良い結果を出すためには、気持ちを集中して取り組まなければなりません。子どもが脇目もふらずになぜ集中できるかと言えば、何といっても自分が選んだお仕事だからなのです。
 Cモンテッソ−リ教育の目的のひとつは、子どもに「自己教育力」を身につけさせることです。自分からすすんで学ぶことが最も効果があがるからですが、そのためには、自発性を刺激するような環境を準備することが大切になってきます。
 残念なことですが、自発性をはじめとして、子どもが生まれつき持ってくる沢山の良いものを、大きくなってから出そうとしても遅過ぎます。やはり子どもの人格がほぼ出来あがる8歳ぐらいまでが勝負です。ですから、今目の前にいる子どもの自発性を最大限に伸ばしてあげること、これが子育ての大きなポイントとなってきます。

 20111月 「やさしく学べるモンテッソーリ教具」

 明けましておめでとうございます。
 皆様も、ご家族お揃いで健やかにお正月を迎えられたことでしょう。私も、さすがに子どもの頃のようにワクワクした気持にはなれませんが、この一年を新鮮な気持で充実したものとしたいという願いを、お寺の除夜の鐘つきと神社参りで込めてきました。
 ところで、1月からはみどり組の「6歳児コーナー」が始まります。以前見学された大学の先生の感想のように、「まるで研究室みたいな雰囲気」を、またかもし出してくれるでしょう。ただこの雰囲気も一朝一夕でつくられたものではなく、これまで長い間、子どもたちがいろんな分野の教具が持っている道すじをたどってきたからこそ生まれてくるものです。
 その道すじの特徴とは
 @ 最初はやさしく簡単なものから、少しずつ難しくなってくる。
 例えば感覚教具の色板では、3色×2枚=6枚9色×2枚=18枚9色×7枚=63枚と進みます。また算数教具では、最初は1・2・3といった算数棒の取り扱いから、最後は掛け算・割り算までやれるようになります。
 A どんな分野でも、最初は具体物を手に取り目で見て感じ取り、少しずつ目には見えない抽象の世界へと導いていく。
 まだものごとの認識能力が浅い子どもたちは、現に目の前にあるものから理解していきます。そしてここで得られた感覚的体験が、豊かな知性へと発展していくのです。
 B 教具の取り扱いには、自分の目と手と指を正確・精密に動かすことが求められる。
 いい加減な動作からはいい加減な人間しか生まれません。完全さを求めるのは子供の特徴でもあるので、きちんとできるようになるまで、忍耐強く指導していく必要があります。
 まとめて言えば、どんな子どもでもとっかかりやすく、ゆっくりではあるが確実に歩いて行ける道すじです。立ち止まっても戻ってもかまいません。誰からもせかされたり命じられることはありません。また一人ぼっちでもありません。だけどいつの間にか、敏感期を充たしてくれたり知能を発達させてくれたり、バランスのとれた自分を作り上げていける道です。園生活での最後の集大成が「6歳児コーナー」です。皆さんも一度はのぞいてみられませんか。      

 201012月「目を輝かせながら移行していくこどもたち」

 園庭の樹木の葉が黄色くなってヒラヒラと舞い落ちるなかで、今日もまた子どもたちが元気に遊び回っています。そして、クリスマス発表会の練習なのでしょう、どのクラスからも大きな声でのセリフが聞こえてきます。いつも見慣れたおなじみの風景ですが、それでも季節の変化に合わせて、一段と成長した姿を見せてくれる子どもたちには、新鮮さを感じさせられます。これが子ども特有の生命力のあらわれなのでしょうか。
 ところで本園では子どもたちがクラス移行をします。これは年度途中の進級みたいなもので、0歳児は1歳になって歩けるようになった頃から12歳の組へ、2歳児は3歳を過ぎて間もなくの頃から年長児クラスへ移っていきます。その理由は、子どもひとりひとりの成長発達に合った環境が、それまでのクラスでは不充分になってくるからです。子どもの成長の速度は早く、また次々とあらたな敏感期もあらわれてくるので、それに見合った新しい環境で生活させるわけですが、そこでの子どもの姿を紹介しましょう。
12歳児クラスの場合】
・まわりで話している友だちのことばがどんどん耳に入ってきますので、言語能力が伸びていきます。
・散歩や戸外あそび、リトミック活動などにより、自分の身体を動かすことの楽しさを感じてきます。
・日常生活の練習などにより、自立へ向けての成長がスピ−ドアップされてきます。
【年長児クラスの場合】
・新しく出会った年長児向けの日常生活用具や感覚教具に、熱心に取り組んでいきます。
・年長の子どもがやっているお仕事や生活態度が全てモデルであり見本となって、しっかりと観察しています。
・年長児がよく世話をし可愛がってくれるので、大きな信頼感と安心感が生まれ、居心地良く過ごすことができます。
・活動の場が広くなるのでダイナミックな動きでたくましくなり、また、自分で行動しなければならないので、ひとり立ちの気持ちが強くなってきます。
  「上にあがる」ということは、自分が成長したことの証しであり、またこれからの成長へのパスポ−トをもらうようなものです。だから、どの子もプライドを持ち目を輝かせながら移行していきます。
 クリスマス発表会などで、12歳の中に小さなピンクさんがいたり、年長児に混じって水色さんがいますので、「がんばって」と応援して下さいね。

201011月「心の成長が足踏みするとき

 黄色くなった稲の刈り入れも終わり、園庭では柿やざくろが熟れはじめて、まさに「実りの秋」がやってきました。そして子どもたちのなかにも、実りの気配が確かに感じられるこの頃です。みどり組の「体育サ−キット」へのあこがれでしょうか、我も我もとうんていにぶらさがり、鉄棒に挑戦しています。自分の中で何かが目ざめ、それを表現していくことの楽しさを満足するまで味わっているんでしょうね。
 このように子どもの成長ぶりには目を見張るものがありますが、体の成長にくらべて心の充実や発達ぶりは、実際に見ることができません。それだけに、子どもの心の育ちに足踏みがないように、次のようなことを心がけています。
 @順調な成長を導く環境を準備する。
 どの子にも成長のためのプログラムとして「敏感期」があり、その時期は「吸収する心」で環境を自分のものにします。環境が準備不足だったら、せっかくの成長のための工ネルギ−が無駄に浪費されたり、「自己教育力」が身につかなくなります。
 A豊かな人間関係のなかで過ごす。
 人はひとりでは生きられません。だから幼児期から、多くの他人の中での過ごし方を学ばなければなりません。他の人の「魂」に沢山触れれば触れるほど、自分の「魂」も磨かれていくからです。
 B「過保護」「過干渉」にならないようにする。 どの子も自発的成長力を持っていますので、「自分で」「自分から」の気持ちが成長を引っ張ってくれます。ですから必要以上に口や手を出さないようにして、自発性が弱まったり完全に無くなったりしないようにしています。
C
年齢にふさわしい人格を認め尊重してやり、子どもあつかいしないようにする。
 どの年齢の子も自分の確かな成長ぶりを感じており、それを無視または軽視されたらプライドを傷つけられます。ですから、常日頃から相手は子どもではなく、ひとりの人間だと思って接する気持ちを持っています。
 体の成長に足並みを揃えて心の成長をしている子どもは、いつも明るい表情と笑顔を見せてくれます。またいろんなことに積極的に取り組んでいきます。これからもずっと、子どもたちから元気と希望の心をわけてもらえるためにも、ここで述べた4つの事がらを忘れないような保育を目指していきます。


201010月「これだけは欠かせない 先生の心がまえ」

 暑さもすっかりおさまって、さわやかな秋風に吹かれながらの運動会になりました。毎日毎日あきることなくいろんなことに挑戦し、身体を思い切り動かしてきた成果が見事にあらわれていました。特に自分の役目を果たすことになったみどり組の子どもたちは、天にも届けと大きな声を出し切って、その力強さには感動しました。どの子もここまでの成長の道すじはさまざまですが、もともと持って生まれた能力が顔を見せ始めたようです。
 このように、子どもたちは自分の可能性に挑戦し、決して力を出しおしみすることはありませんが、そのためには先生の支えや導きが必要なことは言うまでもありません。モンテッソ−リは、子どもと先生が良い人間関係で結ばれ、この「支え」や「導き」が効果的に行われるように、先生の心がまえとして次のことを望みました。
@
「愛情を持つ」・・・まだ幼い子どもたちが相手ですから「慈愛」の心を持つのは当然です。ただそれだけにとどまらず、ひとりの人間としてその子に興味を持ち、冷静で科学的な接し方の大切さを説いています。
A
「信頼する」・・・どの子どもも自分のなかに持っている沢山の良いものを、いつかは必ず表面に出してくれるということを信じることです。
B
「忍耐心を持つ」・・・子どものやっていることに必要以上の口出しや手出しをせずに、子どもの意思やリズムを大切にして待ってあげるという気持です。
C
「謙虚な気持ちで接する」・・・自分がついおとなだからと思いがちですが、子どもと同じようにまだ人格的に未熟なところが多いと認め、子どもからも学びながら自分の成長を願うという気持です。
 以上4つのことを挙げましたが、普段子どもが私たちを何も批判しないことをいいことにして、つい忘れがちになってしまします。しかしながら子どもの対人関係における気持ちの持ち方は非常に細やかで鋭く、あいまいさやいい加減さはすぐに見抜かれてしまします。反対に、正しい心がまえを持って接してくれる先生には心を開き信頼感を持ちます。そして本当に効果があがる「支え」と「導き」は、ここからが出発点となります。
 あっという間に目の前をかけ抜けていく子どもたちですから、これくらいの 心がまえを持ってやることは当然でしょうね。

20109月「どうしたら脳を発達させられるのか」

毎日のトップニュ−スが「猛暑」ということばの連続だったこの8月でしたが、皆さんは暑さしのぎにどんな工夫をされましたか。
 ただ工夫なんかはそっちのけなのが子どもたちで、朝のうちプ−ルでひと泳ぎするものの、汗だくなんかあたり前と元気に遊んでいます。やはり動きながら学び、動きながら心と身体を成長させていく子どもたちに対しては、さすがの猛暑でさえも毎日の活動を止めさせることはできないようですね。
 ところで子どもの脳の発達はものすごくスピデイで、3歳で60%、8歳で90%が完成すると言われています。しかしこれはあくまでも可能性であり、ただだまっていても発達するものではなく、発達をうながす刺激があってはじめて言えることです。具体的な刺激のポイントをいくつか挙げてみましょう。
 @「敏感期」に対応する環境を準備し「吸収能力」をフルに活用する。この2つは人間らしく成長するために欠かすことのできない要素であり、それだけに充分満足できるような活動をすれば、脳の発達に大きな影響を与え続けます。
 A手や指を休みなく動かす。指先には2万本を超えるという神経が集中しています。その全てが脳神経と直結していますので、手や指のどんな小さな感触も脳に伝えられ、刺激を与え続けていきます。
 B受け身ではなく、自分からすすんで行動する。これは自分の気持ちの動かし方の強弱の問題です。自発性が強いほど、脳への刺激も高まります。
 Cどんな時でも、何をどうやらなければならないかを考えながらやる。これを行動の意識化といいます。たとえば整列するとき、「気をつけ」は体操パンツの横の縫い目に中指をそろえます。「前へならえ」は、前の子の肩の高さまで手を上げて、同時に中指に力を入れます。
 脳が発達するということは、いろんな物事ごとがはっきりと見えてくることです。また身体の各部分が正確に動き始めるということです。それによって心と体のバランスが取れてきて良い人格をつくりあげていきます。
 最後に、「世界一の幼児教育モンテッソ−リ」の著者永江誠司先生が、「モンテッソ−リ教育は、現代の脳科学の研究成果からみても、非常に納得させられるものが多い」と言われていたことを紹介しておきます。  
 

20108月「何が子どもを成長させるのでしょう」

 実にタイミング良く梅雨があけてくれ、「花火大会」や「キャンプ」は好天気に恵まれました。東公園にはいりきれないほどの参加者の多さに、夏祭りの大切さと楽しさを感じ、けわしい山登りやロッジでの宿泊を楽しそうにこなしていく子どもたちに、目を細めるばかりでした。いつの間にか思いもよらぬ成長をしていて、子どもたちの新しい姿を見ることができるのも、さまざまな行事の大きな効果のひとつです。
 このように子どもたちは、日を追って確かな成長ぶりを見せてくれますが、それというのも、成長のためにたどるべき道すじを毎日歩いているからなのです。
 @道すじはいくつかありますが、まず挙げるべきは「敏感期」です。胎内にいる頃からすでに始まっている「言語」や「感覚」の敏感期から、6歳頃からの「文化的なもの」まで、次々とあらわれてくるものを充分に満足させなければなりません。もし充分に満足できない環境しかなかったら、子どもは自分の人格を否定されたかのように感じ取ります。
 A次は「教具の系統性」と呼ばれるものです。クラスには多くの教具がただ漠然と置いてあるように見えますが、どの種類の教具にもはっきりとした系統(道すじ)があります。単純なものから複雑なものへとか、具体的なものから抽象的なものへであり、また「かぎの手の原理」といって、ひとつのお仕事が次のお仕事への手がかりとなっていきます。全ての教具を順番どおりにマスタ−しないと、あやふやな理解しかできない仕組みになっています。
 Bこれも大事なことですが、「正常化への道」と呼ばれるものです。その欠点を直しつつ、その子が生まれつき持っている良い性質が表に出てくるために歩く道すじです。ア)整えられた環境の中から自分で選んで活動する。イ)繰り返し何度もやって集中力を高めていく。ウ)小さな「成功感」や「達成感」を何度も味あう。言ってみればこれだけのことですが、絶大な効果があります。
 これまでに述べた道すじを歩いている時、子どもは自分自身や環境への信頼感を持ちます。それが「自立」や「自信」となってさらに成長していくのです。子どもの世界のなんとダイナミックなことでしょうね。 

20107月「バランスこそが、いちばん大事」

 梅雨の季節ですから、雨ばかりの毎日でうっとうしくなるのは仕方がないにしても、逆に考えれば、これだけ沢山のきれいな水を、天からタダでもらえるほど有難いことはありません。「おいしい飲み水」「自然がいっぱいの土地」、そして「いつもきれいな空気」がバランス良く揃っている環境を、梅雨の恵みがもたらしてくれています。天の配剤とも言えるこの恵みが、子どもたちを活発に動かしていく大きなポイントであるのは間違いありません。
 ところで教育の場でよく言われるのが、「知育」「徳育」「体育」、または「知性」「情操」「意思」ということばです。というのも、より良い人間として育っていくためにも、またより良い人生を送っていくためにも、この三つがバランスよく身についていることが、欠かせない条件になるからです。もし仮にアンバランスの状態であれば、心も体も真っすぐ前に進むことができず、道をそれてしまいます。
 子どもは8歳までに、人格の90%をつくりあげていきます。そのためにも小さい時からバランスが身につく環境を準備してやり、上手に導いていく必要がありますが、ここでいくつかの大事なポイントをあげてみましょう。
@
大きな筋肉(活動)と小さな筋肉(活動)が、バランスよく成長しているか。
 自分の身体の全てが思いどうりに動くようになれば、あらゆることにチャレンジ精神を発揮し、達成感、成功感で心が満たされます。
A
自分と友だちや先生との間に、バランスのよい関係をつくれるか。
 まわりの人たちのなかに適度の距離感を保てるということは、心地良い自分の居場所を見つけることができるということです。
B
家庭と園での生活環境に大きなちがいがなく、バランスのとれたものになっているか。
 たとえば、園では子どもの意思が尊重されているのに、家庭ではおとなの意思が強過ぎたら子どもは混乱します。やはり園の保育方針は、いつも心に留めていてもらいたいものです。
 バランスのうまくとれている人は、自分のまわりにも良いバランスをかもし出し、愛され敬われるようになります。どうせ一度の人生です。できるならどの子どもたちも、そんな素晴らしい人生を過ごしていってもらいたいものですね。

2010年6月「世界一かどうかはともかくとして」

 毎年この時期になると感じるのですが、園庭の樹木がおい繁り、青葉若葉がとても元気がいいということです。土地や水が良い影響を与えていることは当然でしょうが、もうひとつの大きな原因は、子どもたちの元気の良さではないでしょうか。毎日樹の下で、沢山の子どもたちが発する生命力に触れれば、木の葉っぱだって元気にならざるを得ません。自然と子どもがつくり出す生命力の相乗効果は、なんと素晴らしいことでしょう。
 ところで、先日「世界一の子ども教育モンテッソーリ」という本が出版されました。著者は永江誠司という福岡教育大学の教授です。「世界一の」という本は良く見かけますから大して驚きませんが、発達心理学、神経心理学という専門の立場から、モンテッソーリ教育をわかりやすく説明していただいたことには、大変感謝しております。この本の副題として、「脳トレ不要!五感を磨けば脳は賢く育つ」とありますが、モンテッソーリが主張した正しい子どもの育ちが、近ごろ大きな成果を挙げている脳科学によって裏づけされてきたことは、永い間実践してきた私たちにとって、自信と励みを与えてくれるものです。
 ここで内容を少し紹介しましょう。
 @ 知能は、「言語的」「論理数学的」  「音楽的」「身体運動的」「空間的」「対人的」「内省的」「博物的」と分類化されているが、この全てがモンテッソーリの五つの教育分野の実践で、その発達をカバーすることができる。
 A モンテッソーリの幼児教育には、敏感期、注意集中現象、心の理論、ワーキングメモリー、ミラーニューロン、ドーパミン神経など、現在脳科学の分野が取り組んでいる主要な研究テーマに関連しているものが、数多く含まれている。
 B 特に「敏感期」については、現代の脳科学においてもっとも重要な研究課題となっており、賢こくやさしい脳の発達の実現と関連づけられている。
 3歳までに60パーセント、8歳までに90パーセント成長するといわれる子どもの脳を、いかに自然の理に沿って導いていくかが私たちの役目です。そのためにも、脳科学の研究成果を謙虚に学んでいかなければならないと考えています。

2010年5月「生きていく智恵を支える自己教育力

 さわやかな春風のなかで、こいのぼりが勢いよく泳ぎながら、園庭で遊ぶ子どもたちを見おろしています。子どもたちもこいのぼりを見上げながら、負けるものかと走り回っています。このお互いどうしが発するエネルギーが交り合う躍動感こそ、新年度のスタートを盛りあげる最大の特徴で、目ざましい成長への期待感をたっぷりと味あわせてくれています。
 ところでモンテッソーリ教育の目標のひとつに、「生涯を通じて、自分で学ぶ気持を持ち続けること」があります。私も学び続けてこそ「本当の人生」だと思いますが、言いかえれば自分で「これでよし」と納得のできる人生のことです。
 「自分で学ぶ」「自己教育力を身につける」ことからは、次に述べるようなさまざまな良い結果が生まれてきます。
 @ いつ、何を、どんな方法で学ぶかを考えるために、「物ごとを組み立てる力」がついてきます。よく「人生を設計する」と言いますが、組み立てるということは、まさに自分の思いどおりの設計図を描くようなものです。
 A なぜそのことを学ばなければならないのか、又は学びたいのかを決めるために「理由づけ」が必要となります。「人が生きていくのにいちいち理由なんかいるもんか」という反論もありそうですが、理由づけは前に進むための確かな足がかりとなってくれます。
 B 設計図が描け理由づけができると、「ああすればこうなる」という物ごとの「因果関係」がわかるようになり、「先を見通す力」もついてきます。その結果、つまらなぬ後悔や反省で思い悩むことも少なくなります。
 自己教育力を身につけるには、やはり小さい時から繰り返しの体験が必要です。子どもたちの園での生活は、自分の意思をはたらかせ、「何をしたいか」「いつしたいのか」を選ぶことの連続です。子どもの気持に応えることができるような環境も整えられています。自分で選んだものをやるからこそ楽しみも増し、終わった時の達成感も深くなります。
 私たちは永い間生きていくなかで様々な体験をし、いろんな智恵を身につけます。ただそれが「浅知恵」でおわるか、「深い考えに基づいた智恵」であるかによって、人生は大きく変わることでしょう。「自己教育力」ということばの持つ意味を、もう一度よくかみしめて下さいね。


2010年4月「モンテッソーリ教育の良いところ」

  4月は、保育園にとっても良い月です。入園してきた多くの新しい友だちが持ってくるエネルギーと、進級の喜びにあふれている子どもたちのエネルギーがまじり合って、楽しい火花がパチパチとはぜるからです。この火花のなかから「助け合い」が生まれ、「教え合い」が生まれ、さらには園全体に広がる「明かるい笑顔」が生まれてきます。そのスタートに立てるから、4月は良い月なのです。
 ところで今年もエミール保育園では、モンテッソーリ教育を確実に進めていきます。ですからここでもう一度、その良いところをおさらいしておきましょう。
 @ 自分の意志が大切にされるから、子どもは幸わせな気持になれます。意志が大切にされるということは、ひとりの人間として認められ愛されるということです。これこそ最高の幸せでしょう。
 A 子どもの興味を引き関心を高める環境が、クラスに準備されています。他の教育理論とちがい、モンテッソーリ教育では数多くの教具・教材を具体的に準備することができます。それが子どもに、内容の濃い豊かな時間を与えてくれるのです。
 B クラス環境はひとりひとりの子どもの成長の程度や早さに合うようになっており、無理なく手助けができます。私はこれを、「子どもに優しい環境」と呼んでいます。
 C 現在の日本の教育目標である、「自分で考え判断し、自分で行動できる人間」の育成にピッタリです。情報化・国際化・共生化が進むこれからの社会に対し、この目標を立てることは私も賛成です。そのためには、人格の土台を作っていく幼児期から、この目標実現のためにスタートしていく必要があります。@で述べたように、子どもは自分の意思を尊重されますが、このことはすなわち、モンテッソーリクラスでは自分の意思を誰にも頼らず表わさないと、充分な活動ができないということになります。
 嬉しいことに、これまで述べた4つの良いところを私が自信を持って言えるのは、先日卒園していった64名のみどり組のなかに、全て見ることが出来たからです。モンテッソーリ教育は決して机の上だけでの考え方ではなく、子どものなかで活き活きとしたはたらきをするものです。まだ耳慣れない新入園児の保護者の方も、楽しみながら自分の子どもを眺めていってくださいね。

2010年3月「モンテッソーリ教育の良いところ」

  4月は、保育園にとっても良い月です。入園してきた多くの新しい友だちが持ってくるエネルギーと、進級の喜びにあふれている子どもたちのエネルギーがまじり合って、楽しい火花がパチパチとはぜるからです。この火花のなかから「助け合い」が生まれ、「教え合い」が生まれ、さらには園全体に広がる「明かるい笑顔」が生まれてきます。そのスタートに立てるから、4月は良い月なのです。
 ところで今年もエミール保育園では、モンテッソーリ教育を確実に進めていきます。ですからここでもう一度、その良いところをおさらいしておきましょう。
 @ 自分の意志が大切にされるから、子どもは幸わせな気持になれます。意志が大切にされるということは、ひとりの人間として認められ愛されるということです。これこそ最高の幸せでしょう。
 A 子どもの興味を引き関心を高める環境が、クラスに準備されています。他の教育理論とちがい、モンテッソーリ教育では数多くの教具・教材を具体的に準備することができます。それが子どもに、内容の濃い豊かな時間を与えてくれるのです。
 B クラス環境はひとりひとりの子どもの成長の程度や早さに合うようになっており、無理なく手助けができます。私はこれを、「子どもに優しい環境」と呼んでいます。
 C 現在の日本の教育目標である、「自分で考え判断し、自分で行動できる人間」の育成にピッタリです。情報化・国際化・共生化が進むこれからの社会に対し、この目標を立てることは私も賛成です。そのためには、人格の土台を作っていく幼児期から、この目標実現のためにスタートしていく必要があります。@で述べたように、子どもは自分の意思を尊重されますが、このことはすなわち、モンテッソーリクラスでは自分の意思を誰にも頼らず表わさないと、充分な活動ができないということになります。
 嬉しいことに、これまで述べた4つの良いところを私が自信を持って言えるのは、先日卒園していった64名のみどり組のなかに、全て見ることが出来たからです。モンテッソーリ教育は決して机の上だけでの考え方ではなく、子どものなかで活き活きとしたはたらきをするものです。まだ耳慣れない新入園児の保護者の方も、楽しみながら自分の子どもを眺めていってくださいね。

2010年2月「争いを少なくする」

 ハイチの大地震について毎日報道されています。20万人にのぼるという死亡者や、国民の1割が家屋を失ったという被害状況には、同情のことばもありません。同時に、災害現場での略奪や強奪行為の現実もあるようで、まさに二重災害とも言えるようです。
 日本での関西大地震も被害は大きかったのですが、世界中の人たちが一番驚いたことは、略奪・強奪・暴行行為が殆んど目立たなかったということです。集団としての和を大事にしたり、整然として秩序だった行動をとることができるという、日本人の美徳が発揮された場面だったのです。
 こんな美徳は確かに日本人の特性ではありますが、ただ黙って放っておいても受け継がれていくわけではありません。やはり次のようなことがらを、成長の過程のポイントとして、私たちがしっかりと自覚する必要があります。
 @ 子どもの心の中に、秩序を大切にすることを植えつけておく。そのためには、おとながつくる子どもの身の周りの環境が、いつでもどこでもきちんと秩序立ったものでなければなりません。
 A 自分の自由や権利も大事だが、他の人の自由や権利も尊重していくことを学ぶ。そのためには、まず子どもの自由や権利を尊重してやることで、その子のなかに、他人を思いやる寛大さや忍耐強さが生まれてくるようにします。
 B 質の高い知性が身につくような活動を行い、特に「こうしたらこんな結果になる」という因果関係が理解できるようにする。幸いなことに、モンテッソーリ教育でのいろいろなお仕事は、全て子どものなかに豊かな知性が育つようになっています。
 C 自然を愛し、自然になじむようにする。これも幸いなことに、日本ほど豊かな緑ときれいな水に恵まれた国はありません。それだけでも平和な環境と言えます。子どもたちにも、貴重な環境であることを理解させていくことが大事です。
 これからの長い人生の中で、全く争いがないとは言えません。しかし、いたずらにつまらぬことで争ったり、他人にあらぬ迷惑をかけたりしないためにも、これまで述べたことを良い子育てのポイントとして、毎日実行していきたいと考えています。


2010年1月「自分と向きあう子どもたち」
 
いつものとおり、1月から「6才児コーナー」が始まりました。ワクワクしながら階段を上がりホールへ入ると、みどり組による実にさまざまな活動が、目の前で展開されています。良いクラスの雰囲気とは、@おだやかで平和な空気が充ちている。A子どもの動きに落着きがあり、整然としている。Bそれぞれの子どもが、はっきりとした目的を持って活動していることをいいますが、まさにそんな感じです。
 「お仕事」という子どもの活動は、「自分で選ぶ。自分で目標を決める」「自分で選んだり目標したことを実現するために。困難があっても努力し続ける」「全力をかけて困難を乗り越え、充実感や喜こびを味わう」というサイクルを繰り返していきます。そしてこの活動のきっかけとなるのが、先生が教えてくれる方法「提示」です。先生は子どもに、活動の内容をわかりやすく順序だてて分解し、正確さと精密さを意識してゆっくりと教えていきます。子どもは先生の手の動きを、ジッと食いいるように見つめ続けます。そしてその動きの全てを自分のなかに取り込んでいくのです。
 私は、子どもが提示を受け集中してお仕事に取り組む姿を、自分を創り自分を理解するための「修行」ではないかと見ています。というのも、その時子どもが何を見ているのかといえば、「自分の心」を見ているかのように思われるからです。しばしば人が生きていくことを「自分さがしの旅」などといいますが、自分をさがし自分が誰なのかの答を見つけるには、本気で自分と向き合う必要があります。「言うはやすし、行なうは難し」ですが、子どもは毎日、お仕事をしながら無意識のうちに実行しているのです。そうでも考えないと、ホールの中にあれだけキリッと引き締まった空気は流れません。
 その動きが脳を動かし、脳の動きがはっきりとした意識を形づくっていきます。「我思うゆえに我あり」と言うとおり、その意識こそが自分自身なのです。
 子どもの育ちの世界は、何ともきびしいものですね。


2010年1月「自分で選ぶことの素晴らしさ」

 明けまして おめでとうございます。
 何才になってもやはり新年を迎えるということは、希望や目標に向かって気持が新たになったり、何か楽しいことに出会うのではないかと想いめぐらせるものですね。ただ確かなことはこのひとつ、今年も園の子どもたちは、ひとり残らず「良い子ども」「良い人間」になるための道を歩き続けることです。
 目の前で繰り広げられるこのすばらしい光景を、今年もじっくりと楽しんでいきましょう。
 ところでエミール保育園では、子どもたちが「自分で選び、自分で見通しを立てて実行し、自分で選んだことに責任が取れる人間」に育つことを、大きな目標のひとつとしています。というのも、たった一度の大切な人生ですから、自分の個性をとことん生かして、満足した悔いのない過ごし方をしてもらいたいからです。だから子どもたちは毎日自分で選んでいます。「どんなお仕事をしようかな」「どれくらい繰り返しやろうかな」「どの場所でやろうかな」「今はあまり気分がのらないからやめとこうかな」と、いつも忙しく、喜んで頭をはたらかせています。
 おとなでもそうですが、周りの人が自分の気持(意思)を大切に尊重してくれたり、自分の話をじっくりと聞いてくれることほど嬉しいことはありません。なぜなら、自分が「好かれている」「愛されている」と実感できるからです。また自分のやりたいことを中心として、好みのスピードで自分作りに励むことができるからです。
 自分の意思を大切にというと、いかにも自己中心的な身勝手な性格を想像しますが、決してそうではありません。子どもたちのなかには、規律心や自制心が生まれ、また周りの人に対する従順さや寛大な気持も育っています。愛情をそそがれ自由に振る舞える環境が、それくらい子どもの心に安らぎと余裕を与えているのでしょう。「世界の平和は子どもたちの手でつくられる」と言ったモンテッソーリのことばが、よくわかるような気がしますね。

200912月 「抽象の世界へようこそ」

風が吹くたびに、まるで雪のように舞い落ちてくる枯れ葉の下で、初冬の肌寒さも何のそのといった子どもたちです。またクリスマス発表会の練習でしょう、それぞれのクラスから、全身をふりしぼるほどの元気のよい声が聞こえてきます。師走を迎える頃の毎年の風物詩ではありますが、春、夏、秋と過ごしてきた子どもたちの成長のエネルギーが、さらに一段と深まり、鋭どくなってきたのを感じることができる季節でもありますね。
 ところで子どもが成長するということのひとつに、ものごとを抽象的にとらえ理解するようになることがあります。
 誕生後2〜3年の間は、子どもは自分が直接体験したことでしか、ものごとを理解することができません。だから触覚や視覚をフルに働かせて、まわりの環境に積極的にかかわろうとします。だから幼い子どものまわりには、具体的に感じることのできる豊かな環境が必要なのです。
 それに対し私たちおとなは、その生活の殆んどを抽象の世界で過ごしています。というのも、ものごとの本質を直観的にわかろうとしたり、豊かな想像力をはたらかせたり、より広い視野で考え方の幅を広げていこうとするときに、具体的体験だけではとても追いつけないからです。文字や数字を上手に使いこなし、本を読み、他人の話を聞いて理解する、そんな世界に子どもたちを導いてくるのが、私たちの大きな役目でもあるのです。
 ここで気をつけなければならないのが、たとえば3才の子どもに算数のドリルをさせるといった、急いで無理のある方法を取ってはいけないということです。モンテッソーリの算数教育では、
@
感覚教具の「ピンクタワー」や「赤い棒」で「大きい・小さい」「長い・短かい」を知る。
A
具体物(金ビース等)を使って「物」「1」「いちという呼び方」を知る。
B
金ビーズや色ビーズを使って、「1・2・3」や「1101001000」を知り、また「足し算」や「引き算」の仕組を知る。
C
「点」や「切手大の数字板」で、具体物のない数の世界へ入っていく。
D
「たし算板」「ひき算板」等で数字の操作をしていく。
こんな順序で子どもに無理なく数の仕組みを学ばせています。文字の世界も同様です。
 クラスでの毎日のお仕事を見ていると、子どもたちは実に嬉々として抽象の世界へ入ろうとしています。時々ちょっと大人みたいな姿を見せるのは、そのせいかも知れませんね。
 

200911月 「3つの力で子どもは伸びる」
 
さわやかな秋風に吹かれ、暖かい太陽に照らされながら、子どもたちは夢中になって遊んでいます。暑さ寒さやしのぎやすさが、バランスよくめぐってくる日本の四季のなかで、上手に体調を合わせながらも、自分のやりたいことやらなければならないことを、確実にこなしていく子どもたちからは、学ぶことばかりです。どの子も生まれながらに持っている「成長のためのプログラム」に沿って、力強く歩いていっているのでしょう。
 ところで何度もクドクドと書いていますが(というのも、必ず知っておいてもらいたいからです)、子どもは生後8年間で脳神経の9割を完成させます。それくらい乳幼児期の子どもの成長の早さは、おとなの成長とは全くちがうのです。そしてこのちがいを生み出すのが、この時期の子どもが持っている特殊な能力、@吸収する心、A敏感期、B強力な自発性にあるといっても過言ではありません。
 @「吸収する心」これは、子どもが自分のまわりにあるものを全て、カメラで写しとるように、または乾いたスポンジで水を吸い取るように、自分のものにしてしまう能力です。学ぶのにはとても難しいと言われる日本語を、2才くらいでいつの間にかペラペラ話したりすることができるようになるのも、この能力があるからです。
 A「敏感期」これは、7才くらいまでに次々とあらわれる、ある特定のことがらに大きな興味・関心を示す時期のことです。「体を動かす」「感覚」「言語」「数」「文化」「秩序」などで、満足できる環境さえあれば、全て吸収してしまいます。
 B「自発性」どんなことでも「自分で」やりたがることです。ですから、おとなは忍耐心を持って見守り、自分でやろうとする環境を準備してやれば、子どもは「自分で考え、判断し、行動できる人間」に育っていきます。
 私たちはよく「子どもの目線に立って」と言いますが、具体的にはここで述べた成長のためのポイントを、充分に理解し行動することです。「神様がくれたプログラム」で生きている子どもたちに、私たちができることは少ししかありませんが、その少しに対して全力をそそいでいきましょう。

200910月「どうせやるなら 頭を使って」
 
心地よい秋風が吹いてきて、子どもたちと会場の皆さまが、一緒になって楽しむことができた運動会でした。手に幾つもの豆を作りながらも繰り返し挑戦したことや、炎天下での先生の厳しい指導に応えることができた成果を、誇りをもって見せてくれました。自分で作った目標や、みんなと力を合わせてめざす課題を乗り越えていく姿に、私の胸の中にも、何ともいえない大きな誇りが生まれています。
 ところで、「子どもたちは動きながら学ぶ」と言われるように、ことばや文字からではなく、自分の身体で感じることで学んでいきます。というのも、まだ具体的(物)な世界にいるからです。それでもモーレツに学んでいきます。子どもほど向上心(向学心)のある人はいません。そして8歳くらいまでに、人生で大切な基本的なことを、ほとんど学び取ってしまうのです。
 ここで大事なことは、ただ漠然と無意識に動かしてはいけないということです。どんなときでもしっかりと頭を使い(よく考えながら)、脳に刺激を与えることが大切なのです。たとえば、先生が子どもにお仕事のやり方を教えるとき、「ゆっくりと」「正確に」「精密に」がそのポイントです。子どもがその通りにやろうとするときには、頭をフル回転させながらよく見て、手や指を動かさなくてはなりません、お仕事だけではありません、運動会の練習のときも、先生は子どもの動きが正確で、見た目が美しくなるまで繰り返します。
 幸いなことに、子どもたちは「運動の敏感期」のさ中です。だから繰り返すことがいやでも苦痛でもありません。どんなに動けばよいのかをいつも考え、全エネルギーを注いで素晴らしい結果を出していきます。良い結果が次の学びの引き金となり、それが子どもである間中続いていくのです。
 運動会では、どの子もみんな輝いていました。きっと頭と体をフル回転させて、自分の持っている能力の全てを出し切っていたからでしょう。子どもたちは、どんな場合も決して私たちの期待を裏切らない、素晴らしい人たちですね。



2009
9月「おとなは動かない」

残暑が厳しいなかでセミの声がひびきわたり、セミの声をかき消すように、子どもたちの元気な声が園庭に充ちあふれています。汗にまみれ手にマメができ、友だちとゴッツンコしてベソをかくのも、みんな夢中になって自分の身体を動かしているからです。これが毎日続いていくのですから、子どもの世界はなんとダイナミックで、また創造性にいろどられているのでしょう。
 ところで8月はじめに開かれたモンテッソーリ教育学会で、日本赤ちゃん学会会長の小西行雄先生から、面白い話を聞きました。それは、「子育て中はおとなは動いてはいけない」ということです。もちろん極論ではありますが、真実も含んでいます。というのも、よくわかっていて気をつけてはいても、ついおとなが子どもの動きを奪ってしまうことがあるからです。子どもが持つ重要な特性として、@どの子も生まれつき、自発的に成長する力を持っている。A子どもは自分の身体を動かしながら学び成長し、これは他の誰もが代わってやることはできない、があります。だからこそ
 ?自分で興味・関心のあることを見つけ、それに集中して取り組み、良い結果を出すことができる。
 ?脳の発達に刺激を与え、随意筋の発達もうながし、自分の思いどおりに動く身体をつくっていく。
 ?自分でコントロールできる意思のはたらきを身につけ、自制心や忍耐力を育っていく。
 これに対し私たちおとなは、
?愛情の表現として、?子どもができないと思い込み、?自分が忙しくて時間に追われているから等の理由で、つい手を出してしまいます。たしかに生活のいろんな場面では仕方のない場合もありますが、それでも子どもの自発性の芽をつんでいることは自覚しておきましょう。その自覚を高めて、「してはいけない動きはしない」ところまでいきましょう。そうすれば、長い目で見たらきっと子育てが楽になるはずですよ。

20098月「教具のしくみを紹介します」

 ほんの少し前満開の桜の下で遊んでいたと思ったら、もう今はプールの中から、大声ではしゃぎ回る声が聞こえています。いささか目まぐるしい感じがするとはいえ、日本の四季のめぐりにはあきることがありません。特に太陽の光や折々の風を感じて過ごす子どもたちは、四季の変化から心地よい刺激を受けていることでしょう。
 これに対しクラスの中での子どもたちは、四季の変化ではなく、自分自身の変化を感じながら活動を続けています。モンテッソーリクラスとは、様々な分野の教具がクラスに準備されていることをいいますが、これは全て、ひとりひとりの子どもの変化に応じるためのものなのです。その目的を果たすための教具全体のしくみとして
 @単純なものから複雑なものへ進む。例えば感覚教具の「色板」は、子どもの色彩感覚を整理しさらに洗練させるものですが、「3色」9色」63色」の順で展開していきます。また数の操作でも、最初は1.2.3という数字の呼び方や形を知ることから始まり、「かけ算」や「割り算」に至る道すじがずっと続いています。
 A具体的なものから抽象の世界へと進む。赤ちゃんが何でも口に入れて物をやがて「大きい  ・ 小さい」「長い ・ 短い」などがことばでわかるようになり、文字や数字という抽象の世界へ入っていきます。教具の道すじには、子どもの能力に無理がなく、面白さが続くように仕組まれており、だからいつの間にか宇宙や世界の果てまで、想いをめぐらせることができるようになるのです。
 Bひとつの仕事は、次の仕事のための準備段階となっている。
 沢山の教具は決してバラバラではなく、大きな道すじを作っているとともに長い階段を作っています。だからたとえ新しい仕事をするときも、前準備が充分にあるので、決して難しく感じることはないのです。
 子どもたちは、この教具の持つ仕組みを思う存分活用しながら、自分自身を変化させていっています。だから保育園にはいつも若々しい気力が充ちあふれているのでしょうね。

2009年7月 「手のはたらきは頭のはたらき」

 午前中の静かな時間、どのクラスをのぞいても、何十本の手や指が休むことなく動いています。外遊びでの泥団子づくりでは、細かいサラ砂集めのために、あちこちから「パヤパタパタ」という音が聞こえてきます。ピンクや水色さんたちは、目には見えないほどの小さなものを大事そうにつまみあげ、またあちこち触っては、感触のちがいを楽しんでいます。まるで保育園の中には、何百本もの手という動物が動きまわっているように見えます。
 このように、手や指が動きつづけるのには深い理由があるのですが、モンテッソーリは知性や性格との関係でこう言っています。「子どもは手を使う活動によって、更に高い水準に達し、強い性格を有するようになります。(中略)子どもが環境の中で手を使って活動する機会がなければ、幼稚な段階にとどまってしまいます。私の経験によれば、環境の特殊事情によって手を使えない場合は、性格が非常に低い水準にとどまり、従順ではいられず積極的でなくなり、不精で陰気な性格になってしまうことがはっきりしました。ところが自分の手で作業できた子は、明瞭な発達と性格のたくましさを示します。」と。
 足にくらべて、手にちょっとケガしたり小さなものが刺さっても、とても痛いものです。というのも、手には3本の大きな神経と、2万本以上の小さな神経が張りめぐらされており、脳と直結しているからです。またおサルさんなんかと比べても、人間の手は器用にできており、クルッと180度回ったり、親指と人指ゆびで小さなものをつまんだりすることができます。
 脳の発達は、人間の五感のはたらきや身体のあちこちの動きから影響を受けますが、その程度がどれくらいか、ひと目でわかる面白い写真があるからお見せしましょう。子どもの活動する姿を理解するための参考として、じっくり眺めて下さい。

20096月 「何をするにも考えながら」

山々の樹木が新緑で盛りあがっているのを見るたびに、自然の偉大な生命力を感じさせられますが、子どもたちも決して負けてはいません。クラスでのお仕事や体育活動、園庭での活発の遊びの姿のなかで、もう一段成長しようというものすごい生命力を発散させている、この時期の子どもたちです。  
 自分の良い成長のためには、たった今のこの時間しかないといった意気ごみが、ひしひしと伝わってきます。それは全くそのとおりで、ゼロから生まれた子どもが自分づくりをするには、今しかないからです。
 子どもの脳は、3歳までに60パーセント、8歳までに90パーセントと、驚異的な発達をしますが、それはあくまでも潜在的な可能性であって、努力や工夫なしには実現しません。モンテッソーリはそのために、「意識的行動をさせなさい」と言っています。言いかえれば、ただ漠然と身体を動かすのではなく、いつも自分の頭で考えながら行動させるということです。そしてここでのキーワードは、「具体的に」「正確に」「精密に」です。実際の指導例として、整列するときの「気をつけ」は、体操パンツの横の筋に中指を当て、少し力を入れて伸ばします。「前にならえ」は、前の子の後頭部を見ながら、手も前の子の肩まで上げ中指を伸ばします。
 「ピンクタワー」では、5ミリごとに小さくなっていきますので、ていねいに真ん中に次のピースをはみでないように3本指で調節しながら置いていきます。 「メタルインセッツ」では、外側の枠線に少しでもはみ出さないように、内側に縦線を引いていきます。
 年齢によって多少の差はありますが、すべて子どもが理解でき実行することによって、指先だけでなく脳が洗練されていきます。そして良い結果を生みだします。
 子どもは見たもの感じたものを全て吸収し、自分のものにしていきますが、それも脳の働きです。充分に理解し正確・精密に活動するとき、その子の脳はフル回転しています。フル回転することによって、脳内のネットワークがさらに広がっていくのです。 6歳になった頃の子どもが時々おとなびた表情を見せるのは、頭の中が少し大人に近づいてきたのかも知れませんね。

20095月 「心の安定は、楽しい居場所から」

 まだ時折泣き声が聞こえてくるとはいえ、さすがに新しい環境になじむのが早い子どもたちは、クラスでも園庭でも楽しそうな表情を見せています。自分のやりたいお仕事に脇目もふらず取り組み、砂遊びや泥団子づくりに目を輝かせ、大きな声をあげながら友だちと走り回っている姿をみていると、子どもが保育園という場所を好きなんだと知って、何となくほっとします。
 というのも、子どもに限らず人間は誰でも、自分の居りたい場所、居るべき場所を求めつづけて生きていくからです。いろんな人間が複雑に交じり合って暮す人間社会で生きることは、そう簡単なことではありません。ともすれば振り回され、押し流され、押しつぶされたりして、自分を見失うおそれがないとも言えません。そんななかで、自分を好きになってくれる人、認めてくれる人がいっぱいいて、何の遠慮も気づかいもいらない場所や、役に立つことをみんなといっしょにやっていける場所があったら、どれだけ気持ちが安定し、また楽しさを感じることができるでしょう。その場所が簡単には崩れず
しっかりしたものであれば、そこからどれだけ高くまた遠くへ跳ぶことができるでしょう。自分の居場所があるというのは、こんな深い意味があるのです。
 ただ大人とちがって子どもの場合は、少しだけ気をつけなければいけません。
というのも、子どもはまだ社会的に未熟である分気持ちが不安定ですし、自分の環境を自分の意志では選ぶことができないからです。ですから私たちは、子どもが自分の成長を実感できる場所にいるかどうか、まわりのひとから愛情や好意を受け取っているかどうか、しっかりした足元をバネにして、チャレンジしようとしているかどうかを、いつも確かめていなければなりません。
 子どもが環境になじみやすいというのは、居場所をつくる名人なのです。その名人芸が充分に発揮できるように、細やかに気を配っていきましょう。

20094月 「私の好きな子どもの姿」

 41日の入園式には、35人の新しい友だちがやってきました。
 期待と不安がまじった表情は仕方がないとしても、私はこの子どもたちが、まさにスクスクと成長してくれるのがわかっているだけに、楽しみでいっぱいです。というのも、つい先日の卒園式で巣立っていったみどり組のみんなが、実に素晴しい姿を見せてくれたからです。
 私が望むどおりに育ってくれた大好きな子どもたちばかりでした。
 ところで、良い成長の大きなポイントは、「知性」、「情操」、「意思」がバランスよく育っていることです。よく人格形成と言いますが、何が形成されるかと言えば、この知・情・意の三つが内容豊かに育くまれていくことを指します。
 「知性」・・・まず知性とは、良く生きるために考える力、くわしくは分別する働き、創造する力、表現する力のことです。子どもたちがお仕事で行っている、わける・集める・比べる・合わせる・つなぐ・囲むなどの活動は、全て学び考えるための土台づくりとなります。
 「情操」・・・情操とは、真善美という高度の価値観が含まれるので、子どもの頃は、情緒が主となり、その安定が求められる。そのためには、周りの人たちの心がまず安定していなければならないし、また子どもに、「自分が愛されている」という気持ちを、いつも感じさせておく必要があります。
 「意思」・・・意思とは、やってみたいという決断力とか、忍耐力をいいます。  
 ここで大事なことは、自分で選んだものを最後まで実行させることで、成功感が次のやる気へとつながっていくものです。
 私たちが、「あの人はいい人だね」と言うとき、たいていはこのバランスのとれている人のことを指していうはずです。
 エミールで育つ子どもたちも、みんなこういわれるようになることを信じて、これからも保育を見守っていきたいと考えています。

20093月  「プライドが心の支えとなる」
 
年度も終わりに近づくこの頃になると、子どもたちから受ける印象の何かがちがってきます。活発な動きのなかから。じっくりと取り組んでいるお仕事への姿勢から。大きくて楽しそうな笑い声のなかから。一段と引き締まって見える表情のなかから。ひとことでいえば、この1年間の生活のなかで、確かな自分の成長をつかみ取っていることのあらわれであるプライドの高さです。卒園式の日に子どもたちが何だかまぶしく見えるのも、多分このプライドから出てくるオーラのせいではないでしょうか。
 子どもの大きな特徴は、どんなことにも自発的に取り組んでいくという強い姿勢と、環境さえ整えば、8歳までに自分自身の90%をつくりあげていくというスピードの早さです。だから自分のやりたいこと、やらなければならないことに次から次へと真剣に取り組み、出来るようになっていきます。その取り組みも半ぱなものではありません。「よくもあんなに長い間根気が続くものだ」とか、「どうして手の平を豆だらけにしながら、それでも練習しようとするのか」と、あきれてしまう程の熱心さです。そして、「できたよ、できたよ、みて、みて」という顔の、なんと晴れ晴れとして明るいことでしょう。
 そうです。まさにここが鍵なのです。人生のスタートにあたるこの時期に、どれだけ数多く晴れ晴れした気持ちを味わうかによって、これからの生き方が決まってきます。というのも、これまでのモヤモヤしたもののなかから、自分に満足する気持ち、自分を尊敬する気持ちが生まれてくるからです。ひと言でいえば、自分を誇りに思う気持ち=プライドであり、精神的な支柱(バックボーン)になっていきます。
 私たちは、子どものプライドを大切にしていきましょう。もっと誇り高く生きていけれるよう、環境を整えてあげましょう。きっとこれからの人生におけるゆらぎや迷いの時に、適切な答えを出してくれるよりどころとなってくれると信じています。
               園長より

20092月 「どの子も好きな文化教育」

 新年早々の1月7日、みどり組と北九州市の「いのちのたび博物館」へ行きました。いわゆる自然史博物館といえるもので、30mにも及ぶ実物大の恐竜の骨格や、実際に声を出しながら動く恐竜時代のジオラマなどに、子どもたちは目を輝かせていました。ただ全般的に落ち着いたクールなところがあったのは、いつも行なっている文化教育活動の延長として、小さな科学者として観察していたのでしょう。
 ところで「文化教育」とはあまり耳慣れないことばですが、植物、動物、歴史、地理、地質、音楽、美術等の分野に関する活動のことです。6歳前後の子どもたちは、幼児期から少年期へと成長していきますが、同時に「文化への敏感期」に入ります。これまでの、自分の回りにある環境を吸収しようとする気持ちを過ぎて、もっとより広く、より深い環境や知識への探索期が始まっていくのです。
 そのためには、文化の探索が可能になるような環境の準備が大切になってきますが、まさか恐竜や火星の実物というわけにはいきません。模型や図形、図鑑、絵本等を参考にしながら手作業を続けるのですが、実物がないだけに豊かな想像力を働かせなければなりません。また原因と結果の関係、時の流れの理解等 知的活動能力がいや応なしに求められます。そしてこの活動を通じて、真実を見抜く力、環境に適応できる力が養われていきます。
 「文化の敏感期」にスムーズな活動ができるためには、日常生活、感覚、言語、算数のお仕事を、しっかりとやっておく必要があります。文字や数を含めて、物事を正確に見る目があってはじめて想像力が生まれるからです。
 それにしてもこの時期のみどり組は、集中して広い範囲の文化教材に取り組んでいます。きっと自分の成長が確かな手ごたえとして感じられ、それを誇りたいという気持ちのあらわれでしょうね。私たちおとなが、何だか押され気味になってくるようですよ。


20091月 「子どもはなぜ一生懸命になるのだろうか」

 明けまして おめでとうございます。
 多年多難だった1年が過ぎ、また新しい年になりました。昨年をあらわす漢字は 「変」となりましたが、子どもたちの成長を目のあたりにしている私たちにとっては、毎日が「変」の連続です。それにしても、クリスマスは発表会での態度は立派でした。沢山の観客の前で、あんなに堂々たる姿を見せられては、ただ「恐れいりました」と言う他はありません。
 ところで、毎日の活動はもちろんのこと、運動会や発表会などで、どうして子どもたちは生真面目に一生懸命になれるのでしょう。
 @まず最初に何といっても、子どもの成長への道しるべとして、次々と湧いては消えていく「敏感期」をあげなければなりません。「小さいものへの興味」から始まって、「運動」「感覚」「言語」「数」「文化」「共同活動」への没頭は、本能的衝動とも言えます。
 A次に考えられるのが、どの子も生まれつき持っている「自発的成長力」です。子どもはこれまた本能的に、自分からすすんでやったものが、自分の成長に最も効果的であることを知っています。だから、ある活動の動機、目標、手段をはっきりと示されれば、一直線に進んでいきます。
 B一生懸命活動した後の「達成感」や「成功感」がどれだけ自分を満足させるものであるかを知っており、その満足が気持ちの安定をもたらしてくれます。
 クリスマス発表会で私の最も印象に残ったのは、子どもたちの表情でした。自信と満足感に充ちあふれ「やればできる」「何でもやれる」の信号が強力に発信され続けました。
 これからも1年をあらわす漢字が「変」だけでなく「乱」「迷」「無」などいろいろあることでしょう。しかしこの子どもたちの表情や足どりには全く縁のないことであり、この素晴らしい人たちを愛し守り続けることの大切さを、共に確かめ合っていきたいものだと考えております。

200812月「なぜお仕事はおもしろいのだろうか」

 暑い時は子どもたちに木かげを作ってくれた園庭の樹木も、その役目を終えて落葉しはじめました。やがて丸裸となって冬の光の邪魔をしなくなりますが、木の葉ひとつ見ているだけで日本の四季の移り変わりが感じられ、自然の配慮に感謝したくなるこの頃です。ただ子どもたちの活発な活動には、四季の変化は全く関係なく、今日も朝から黙々とお仕事に取り組んでいます。誰から指図されるわけでもない自分の気持ちの表われですが、どうしてそんなに面白いのかその理由をいくつか考えてみました。
 @まず何といっても、自分の中から湧き出てくるある特定の敏感期を、満足させるからでしょう。感覚や数や文字に本能的ともいえる興味を示すときに、前もって準備された環境があれば、子どもは大いに満足した状態になるものです。
 A次に、最初はやさしくて簡単なものから、少しずつ難しいものへと進んでいくために、決して無理をせずに自分のできる範囲で挑戦していけるからです。
 Bさらに敏感期にある子どもの特徴として、同じことを一回きりで終わることなく、何度も繰り返してやってみます。そのうちにそのお仕事にのめり込み、脇目もふらずに集中するようになります。深い集中には快感につながり、また心のやすらぎにつながっていくのです。
 C最後に、どんな小さなお仕事でもきちんとやり終えれば、達成感や成功感を味わうことができます。「自分の力でもこれだけのことがやれるんだ」と知った時、何とも言えない満足を覚えるのではないでしょうか。
 おとなでも同じように、面白いこと、興味があることには、やってみたいという強い意欲がはたらきます。良い環境にはたらきかけるこの強い意欲のあらわれが、「自己教育力」を育てていきます。毎日のお仕事はほんのわずかなものですが、何年もの積み重ねはぼう大なものになります。面白がりながら自信が湧き、積み重ねたものが自分を創るこの時期は、人生の中でも光り輝いているときでしょうね.

200811月「友だちは多い方がいい」

  「天高く馬肥ゆる秋」のことばどおり、さわやかな空気の中で、子どもたちは元気に楽しそうに遊んでいます。私の印象では、運動会をみんなで力を合わせてがんばったせいか、友だち関係の密度が濃くなっているように思えます。園やクラスという大きな集団の中で、お互いを認め合い、いっしょに遊び生活する楽しさがわかり、自分の居場所をはっきりつかんできたのでしょう。何ともくったくのない明るい笑顔の毎日です。
 こんなに楽しい存在の友だちですから、少ないより多いがいいに決まっています。そのためにはやはり小さい時から、社会性を身につけ、人間関係を楽しもうとする気持ちを育てる必要があります。その手がかりとして、
 @まわりの人から愛されることによって人間が好きになり、自分から近づいていこうという気持を持つ。
 A自分がいる人間的環境の雰囲気が良くて、自分もその雰囲気を保とうと努力する。
 Bタテ・ヨコの人間関係のバランスがうまく取れていて、それぞれに対する接し方を覚えてくる。
 Cいっしょに遊び生活する時間と場所がたっぷりとあり、まわりの人間のことをよく理解できるようになる。
 Dさらに進んで、良い友だち、好きな友だちのために、自分を何か役立てたいと考えるようになる。
 以上ここに書き挙げたものは、私の実感が大部分です。長い間生きてきていつの間にか沢山のグループに属し、その中で楽しんできた時、その理由は何かを考えてみました。そして、すべて小さかった頃からの、積み重ねの結果ではないかと信じています。人間関係の幅は自分の人生の幅を広げてくれます。また良い友だちの存在は自分の肩の荷を軽くしてくれ、それ故に人生の苦労は少なくなります。
 今目の前で、無邪気にしかし真剣に友だちと遊んでいる子どもたちの中には、良い人間関係をつむぐ芽が、ぐんぐん育っていることでしょう。


2008
10月「子どもの脳を順調に発達させるためのヒント」

 心地良い秋風に吹かれての運動会では、子どもたちがはつらつとした動きを見せてくれました。ヨタヨタ・フラフラしたかけっこから、見事にチームワークを発揮したリレーまで、成長の段階も見てとれたと思います。9月に入って一生懸命練習もしましたが、ただそれだけでなく、生まれてから今まで、どれだけ自分の身体を使いこなしてきたかの集大成であり、そこに運動会の面白さもあるのでしょう。
 ただ私たちは、子どもの心身の成長発達ぶりはわかっていても、身体の成長は目で確かめることができるのに対し、頭の中までは見ることができません。 そこで今回は、頭の中(脳)も身体と同じく、順調に育っていくためのヒントを挙げてみたいと思います。
@
 手や指を休ませない同じ小さなトゲが刺さっても、手と足では痛みが全然ちがいます。それくらい手、特に指は神経過敏で、約3万本の神経が集中し脳へ直結しています。そのためにも私たちは、子どもが手や指を使いたくなるような環境を準備する必要があります。
A
 何をするにしても具体的な指示のもとに、子どもが自分で考えながら体を動かすようにするこれを「運動の意識化」と呼んでいますが、そのために具体的に教えるときは、「行動内容を分析する」「ゆっくりとやってみせる」「正確さと精密さを求める」ことを心がけています。
B
 自発的に活動する脳細胞が成長し、ネットワークをどんどん広げていっても、一本一本の筋がひ弱だったら、すぐ切れやすくなって役に立たなくなります。これを強くするためのカバーがありますが、このカバーをどんどん作り出すのは、子どもの自発的な繰り返し行動に強く求められると言われています。
C
 食べ物をよくかんで食べる手と同じく口の筋肉も脳の発達に大きく影響します。「カミカミ」「モグモグ」がいつもできるような食事にしたいものです。
 何度も書いていますが、人間の脳は順調にいけば8歳までに、90%ができあがります。子育ての常識として身につけながら、具体的な行動にかかっていきましょう。

20089月運動の敏感期

 夏の暑いさかりのなかでも、子どもたちの動きがおとろえることはありませんが、これから秋へ向けてさらに活発さを増してきます。運動会では、これまで身につけてきた大きな筋肉の動作を見てもらいますが、きっと我が子の成長に目を細められることでしょう。
 子どもの特徴のひとつは、何かを学び習得するときは、必ず自分の身体を動かし直接に体験するということです。そのためによくしたもので、子どもには「運動の敏感期」というものがあり、おとなみたいに「努力しよう」とか「頑張ろう」という気持ちにならなくても、本能的に身体が動いてしまい、その結果いろいろなことをマスターしていきます。「運動の敏感期」は6歳頃には消えてなくなりますが、それだけに私たちはこの敏感期の間に、いい加減な動かしかたでなく「本物の動作」ができるように指導する必要があります。
@
いつ何をする時でも、自分の頭で考えさせるようにします。これを「運動の意識化」と言いますが、「ちゃんと」とか「しっかり」などというあいまいな言葉ではなく、具体的な指示でやり方を実行させます。例えば「手が足の先に付くまで曲げましょう」「手を肩の高さまで上げ、中指に力を入れましょう」「あの木のてっぺんが見えるまでねじりましょう」という具合です。
A
次に、「今はまだ出来ないが、もう少し練習すれば出来そうだ」と思わせる環境を準備します。モンテッソーリはこのことを、「身体はとどかないが精神はとどいている」と言っていますが、子どもたちに数多くの達成感、成功感を経験させるためです。 
B
大きな筋肉と小さな筋肉の、バランスのとれた成長を目指します。特に手や指先の活動は、「第2の脳」と呼ばれるくらい脳の発達と直結していますので、「お仕事」を通じて決して休ませないようにしたいものです。
 昔から「健全なる精神は健全なる身体に宿る」と言われていますが、どんなことにも出し惜しみすることなく取り組んでいく子どもたちの目の輝きは、はっきりとその事実を物語っています。さあ運動会で見せてくれる晴れ姿が、今から待ち遠しいですね。


20088月「自発性こそ良い成長の出発点」

 まず最初に、「心の基地はおかあさん」(平井信義著)という本から、私の気に入った文章を紹介します。
 『自発性とは、自分で考えて自分のしたいことやしなければならないことを選び出し(自己課題の発見と選択)、他人頼らず活動する(自己実現の)力です。
 この力が順調に発達している子どもは、いきいきとしています。目が輝いていて活動的です。つまり意欲がさかんであるということです。そんな子どもはからだの移動ができるようになると、さかんにいたずら(探索行動)を始めます。
 それは好奇心に満ちており、研究心や冒険心が発達し始めていることを意味します。「いたずら」は年令によって形をかえますが、一生涯続くといってよく、おどけやふざけが認められて、だんだんユーモアが発達すると、それと結びついて笑いの多い生活になります。笑いの多い生活は、心も身体も健康であることを現しているのです。』
 いささか欲ばりな内容の文章ですが、子育ての中心となるポイントを言い現わされています。それにつけても、現在教育改革の名のもとに、「ゆとり」の「詰め込み」のと騒いでいますが、「自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民を育てる」、「実生活に即し、自発的精神を養う」といったいった、、教育基本法の崇高な目的はどこに行ったのでしょう。この目的を実現することにより、平和で建設的な国を作っていこうという願いはどこで語られるのでしょう。
 ただ私は、天をあおいで嘆くようなことはいたしません。というのも、平井先生の文の中にあるような、いきいきとして目が輝いている子どもたちが、私の回りにいっぱいいるからです。今日帰ってきた今宿野外センターのキャンプでも、やるべきことは誰にも頼らずキチンとやり、山でも川でも広場でも元気いっぱい身体を動かし、何やらおかしいことには大声で笑いころげている子どもたちばかりでした。今自分が持っている能力を、100%出し切ろうとする姿ばかりでした。
 「自発性こそ良い成長の原動力」であることを固く信じて、これからもゆるぎなく保育を進めていきたいと考えています。

2008年 7月「達成感が自信を生む」

 雨が降ろうと風が吹こうと、また良く晴れた日であろうと、子どもたちには挑戦の日々が続きます。クラスの中では黙々と、園庭では「ワーワーキャーキャー」と、見た目は全然違いますが、何かに挑戦していることには変わりありません。「ねぇ見て見て」と、手のひらいっぱいに出来た「がんばりだこ」を見せる子どもの目の輝きには、ただただ圧倒されるばかりです。
 おとなの場合も、「能力の限界に挑戦する」とか、「あの人は生まれつきのチャレンジャーだ」とか言うことがあります。子どもの場合は誰もがチャレンジャーなのです。なぜなら、何も知らずに生まれてきて、やることなすこと全てが初めてのことだからです。 モンテッソーリは、子どもたちのチャレンジ活動を、「良い子どもになるための道すじ」と呼びました。
 @おとなの手によって、成長に必要な環境が整えられている。
 A自分の意志で興味・関心のある(今の成長に必要な)作業を選んでいく。
 B何度も繰り返しやりながら集中力を高め、最後までやり通して達成感や成功感を味わう。
 コップに水を注ぐことや1枚の紙をはさみで切ることでも、何日もかけて仕上げていく、「生命の歴史」の長い図面でもいっしょです。子どもは自分の意思と意欲でやり遂げたことにより、大きな自信を持ってきます。自信とは、「君はなかなかのがんばり屋で、何でもやればできるじゃないか」と自分で認めることですから、そんな人の心は強いものを持っています。また自己表現することをためらわず、余裕を持って他人と接することもできます。 長い人生で山あり谷ありは避けられません。問題は、谷底にいる時自分をどう見ることができるかですが、幼い時から沢山の達成感・成功感を経験して、こつこつと築き上げてきた自信が、必ず大きな支えになってくれるはずです。
 がんばりだこの手のひらのなかに、その子の明るい幸せな人生がはっきりと見えてくるようですね。         

2008 6月 「ことばをいくつかしっておきましょう」

 1年でもっともさわやかなそよ風に吹かれながら、子どもたちが園庭で「はとポッポ体操」をしています。「手は前のお友だちの肩まで上がってますか」「そら組の窓が見えるところまで首が回ってますか」「手は足の親指につかえるように伸ばしていますか」などの先生の声かけに、みんな懸命に練習しています。見た目に美しく、しなやかな動きができるようになるための練習です。
 ところで、「子育てについての情報が多すぎて、どれを参考にしていいかわからない」という声があります。親子関係、人間関係は千差万別ですから、子育ての方法も沢山あるのが当たり前です。だからそれ以前に、子どもの成長発達に関するいくつかのポイントを知っておけば、迷いもいくらかは減少するでしょう。そのポイントをいくつか紹介します。
『吸収する心(吸収精神)』
 子どもは、ものごとを覚えるのではなく、全身で吸収していきます。3歳くらいまでに一応何でも話せるようになるのは、吸収の効果です。ただし、善悪の区別なく吸収しますので、良い環境に置いておくことです。
『敏感期』
 ことばや動きや感覚や秩序にやたらとこだわるのは、敏感な時期にあるからです。こだわりはしますが、大人みたいに大変な努力をせずに自分のものにしてしまいます。どの子にも必ずやってくる時期ですので、それを満足させるための環境の準備が必要です。
『自己選択』
 自分の意思が尊重されるということは、「アイラブユー」といわれることといっしょです。自分で選んで行動できることが多いほど、精神的に安定し、他人に従順、寛容な気持ちも持つことができます。
『随意筋の発達』 
 動作に美しさや器用さを伴うには、自分の思いどおりに動く身体を作らなければなりません。そのためには、ただ漠然と動かすだけでなく、どう動かせば良いのかをいつも考えさせることが大切です。
『抽象化への道』
 具体物の世界に住んでいる子どもを、抽象の世界へ導いて来るのは、知性の発達上欠かせないことです。モンテッソーリ教具の道筋は、無理なく自然に抽象化へ歩ませるのに非常に適しています。
 いくつかのことばを紹介しましたが、見逃せないものばかりですから、時には思い出して下さいね。

2006年 7月 「バランスよく育って欲しい」

 先日、あるお母さんから聞きました。「自分の子どもが通う小学校の先生が、『エミ−ル保育園の卒園児は、鉄棒の逆上がりが上手ですね』と言われた」と。私にとっては、思わずニンマリとさせられる言葉でした。
 モンテッソ−リ教育といえば、ついクラスでのお仕事を思いうかべますが、それは一つの場面に過ぎません。モンテッソ−リが、「子どもの身体の全てを、休むことなく動かさせなさい」と言っているように、大から小までの動きのバランスを取るのが最も大切なことなのです。
 子どもたちはクラスで多くの教具を使いながら、正確で精密な細かい仕事をし、また言語・算数・文化といった知的な世界にも没頭します。そして一歩外へ出たら、鉄棒・跳び箱・うんてい・山小屋・プール・縄とび・こま回しと身体全体を使って集中していきます。お仕事と同じように、繰り返してあきることを知りません。出来るようになるまでやり、出来たらもっと上手にやれるように続けていきます。そこで目指すものはただひとつ、「バランスの取れた人間づくり」です。
 人間という生き物は非常に秀れていますが、環境や教育、人間関係の影響で、すぐアンバランスとなるやっかいな動物です。そして100点満点の理想的な育ちや生活はありませんので、誰でもバランスを崩しそうになりますが、そのまま崩れてしまわずにしっかりと立ち直せる力をつけているのが今なのです。
 このようにクラスの活動と園庭での活動、家庭の生活と園での生活、年齢別や性別にかかる友達関係、テレビの時間と本を読む時間、眠る時間と起きる時間など、バランスを求められるケ-スはどこにでもあります。
 最後に、バランスが取れているということは、安定していて平和であるということです。安定感は他人に安心感を与えますので、そんな人は誰からも愛されます。逆上がりの話で私がニンマリした理由も、これでおわかりになられたことでしょう。

2006 6月 「良いクラスの雰囲気」
 先日、モンテッソーリ教育のある研修会の一環として、エミ−ル保育園の公開保育を行ないました。本来この時期は、まだ新しいクラスづくりの途中ですので公開しないのですが、さすがにエミ−ルの子どもたちです。「案ずるより生むがやすし」で、後日講師の先生からすぐに手紙が届き、そこには「子どもたちの姿に大変感動しました」と書かれていました。保育、特にモンテッソ−リ教育を良く知っている先生は、クラスに一歩足を踏み入れただけでその雰囲気を感じ取ることができますが、そのためのポイントがいくつかあります。
@
おだやかで平和な空気がみちている。A子どもの動きに落ち着きがあり、整然としている。
B
ひとりひとりの子どもがはっきりとした目的を持って活動している。
 これは良い印象を与えるクラスです。   
 反対に、@がさつで無秩序な雰囲気があるAただ何となく表面的な活動をやっている子が多い。Bクラス運営に対する、担任の先生のはっきりとした意思が感じられない。
 これはまだまだ努力の足りないクラスです。
 当然のことですが、全てのクラスが良い印象を与える雰囲気を持っていなければなりません。というのも、子どもは自分のクラスの持つ雰囲気を敏感に感じ取り、その雰囲気に合わせて活動し成長していくからです。さらによい雰囲気の中で生活する子どもは、今度は自分自身の持つ良いものを発散させ、それがまたクラスの雰囲気に反映されていきます。
 良い雰囲気を生み出すために、私が担任の先生に求めているのは次の2点です。
@
まず「自分のクラスがこうあって欲しい」という強いイメ−ジを持つこと。
A
ひとりひとりの子どもを良く観察して、その子の現在の成長に最も見合うお仕事を提供することです。
 5月といういささか早い時期の公開保育でしたが、私の大好きな子どもたちがそのとおりの姿を見せてくれたことで、非常に豊かな気持ちにさせられている今日この頃です。     

200511月 「知的好奇心の高まり」
いよいよ秋も深まってきました。先日の芋ほり遠足では、土の中からひとつ芋が顔を出すたびに、「ワワーキャ−キャ−」と声をあげ、芋の方がびっくりしたことでしょう。自然が与えてくれる刺激はすごいものだろうと思います。
 それから10月初めには、第三者評価に関する「利用者アンケ−ト」に協力していただき、有難うございました。評価を受ける日も近まってきていささか緊張していますが、開園以来、子どもの育ちに対する強い信念にゆらぎはありませんので、自信を持って受けてみたいと考えています。
 ところで充実の秋といいますが、保育を充実させていくためには、子どもの成長に対応する「環境の継続性」が必要です。特に5歳から6歳、そして7歳に近づくにつれ、子どもの知的好奇心は、飛躍的に高まり広がっていきます。もともと子どもの知性のはたらきは、クラスや園庭での活動を見てのとおり、活発で旺盛なものですが、その結果、「抽象性」「論理性」「想像性」「創造性」が身につき始めると、子どもの精神世界が一段と広がってきます。モンテッソ−リ教育における「文化教育」は、まさにこんな子どもたちに対応するもので、知性のはたらきを、社会的、文化的、芸術的なものへと向かわせてくれます。
 世界地図を塗りながら、子どもは何を想っているのでしょう。宇宙の話や地球の歴史パネル、それに人間や動物の骨格や昆虫の特徴などの事実は、子どもの心に何を与えているのでしょう。何時間も何日も、黙々とお仕事に取り組む子どもたちの、心の中味はわかりません。ただ非常に満足している様子と、何かもう小さな子どもではないといった雰囲気は確かにあります。生まれつきインプットされた成長のプログラムを、ひとつずつ確実に自分のものとしているという、大きな自信のあらわれかもしれませんね。

200510月 「もう一度見直してみる」
先日の運動会には、大変多くの方に、観客として又競技者として参加いただき、有難うございました。子どもたちも、普段と全く同じような気持ちで楽しんでいて、そんな姿が私にとっては何よりの収穫でした。運動会をひとつの通過点として、もっともっと自分の思い通りに動かすことができる身体づくりに、子どもたちを励ましていきたいと考えています。
 ところで、数年前に児童や老人を対象とする福祉施設や病院に対し、第三者評価委員会からの評価を受けることが、法律で定められました。これは、ともすれば閉鎖的となりがちな、各種施設の運営内容を、第三者の目で明らかにすることによって、皆さんの施設に対する判断材料にしてもらうためのものです。さらにもうひとつ、評価を受けた施設が自分自身の現在を見直し、さらに改善・発展していくチャンスととらえることです。
 エミ−ル保育園では、市内の園の先陣を切って、11月7日に評価を受けることにしましたけることにしました。評価項目は80近くに及び、それぞれがなかなか厳しいものなので、手をあげる前は随分悩みました。受審された他の園の様子を聞きながら、数年後にしようかとも思いました。
 ただ、エミ−ル保育園は、来年35周年を迎えます。どんなことでも35年もたてば、つい歩みが遅くなったり、止まってしまうことさえあります。 早い水の流れの中の小石には、苔がつかずにピカピカしていますが、同じようにエミ−ル保育園も、早い流れの中にいなくてはいけません。開園以来初めて、第三者の目に園の全てをさらけだすことは、また新しい流れを園にもたらしてくれるものと信じています。
 運動会を過ぎてもなお、子どもたちの活動には熱がこもっています。このあつい熱を受け止めるには、私たち自身がもう一度しっかり足元を見直して、さらにパワ−アップしなければと、つくづく感じています。

20059月 「8歳までにつくりあげる」
 やかましいほどだった蝉の鳴き声が静かまったかと思ったら、かわいい虫の声が耳を楽しませるようになりました。いよいよ秋ですね。すでに運動会の準備も始まったようで、鼓笛隊の音が元気よく聞こえています。この秋に、また子どもたちがどんな姿を見せてくれるのか、今から楽しみです。
 ところで、いろいろな活動や行事のなかで、特に中心となって目立った動きをしてくれるのがみどり組です。運動会でも「リレ−」や「体育サ−キット」、それに「鼓笛隊」とフルに活躍し、おとな顔まけの動きを見せてくれます。とても、たった6年前には赤ちゃんだったとは思えません。その秘密は、子どもが自分を創りあげていくスピ−ドの早さにあります。
 人間の頭脳は、8歳までにその90%が出来上がることが証明されています。頭脳の成長は精神の発達でもありますから、要するに8歳までに自分の殆どを創り終えてしまうのです。 とは言っても、ただ、だまって8年間過ぎれば良いというものでもありません。やはりそこには、私たちおとなが深く関わっていく必要があります。
具体的にいえば
@
子どもに表れる敏感期に合わせて、それに応じた環境を準備する。
A
毎日の生活の中で、「良い子どもになる道」を繰り返し歩ませる。
B
惜しみなく愛情を注ぎ、子どもの気持ちをいつも安定させ、自発的活動をうながしていく。
C
家族や友だちとの間で上手な人間関係のあり方を学び、社会性を育てていく、などです。
 子どもがなぜあんなに毎日、朝から晩まで元気なのか、それは自分が成長しているのが手にとるようにわかるからです。その元気を出させるもとは私たちにあるのです。
 8年間はアッという間に過ぎ去ります。決して無駄な時間にしないためにも、子どもたちと真正面から向かい合っていきましょう。

20053月 「自分らしさをいかしていこう」
 みどり組の皆さん。卒園おめでとうございます。聞き分けがよくメリハリのきいた動作で、いつも安心して見ていることのできるみどり組を、このまま送り出すのは惜しい気がしてなりません。
 卒園する子どもたちは、これから学校生活を皮ぎりに広い社会を歩んでいきますが、どこでどんな生活をするのか全く予想はできません。そこで私が願うことはただひとつ、せっかく生まれてきた一度だけの人生ですから、自分らしさを失わず、それを活かして生きていって欲しいことです。あくまでも自分の心(意思)に忠実に、その時その場所で、自分にとって一番いいと思われることを選んでいって欲しいということです。
 みどり組の子どもたちは、何のために長い間エミ−ル保育園で生活してきたのでしょう。それは持って生まれた自分らしさを育てあげ、さらに磨きあげるために他なりません。毎日毎日やりたいお仕事に取り組みました。好きな友だちと好きな遊びに夢中になりました。そこでは、自分らしさを卑下したり否定するような感情は、ゼロだったといえます。なぜそんなことができたのかといえば、どの子も、自分が立派な人間になるために必要なものしか持たずに生まれてきたからです。
 自分らしく生きることは、決して自己中心的な勝手な生き方ではありません。子どもたちは、他の多くの友だちと上手に交じり合いながら、自分の意思の生かし方
を学んできました。やってはいけないことを聞き分け、ル−ルを守ることの心地よさも感じたはずです。
 生きていくための長い道のりでは、忍耐を強いられたり自分を見失しないそうになる時もあるでしょう。しかし、これだけしっかりと自分らしく生きる経験を積んだ子どもたちは、自分に対して大きなプライドを持っています。そのプライドが一本の強い柱となり、強力なエネルギ−が生まれてきます。
 こんな素晴らしい子どもたちを見守っていく楽しみを、これからもじっくりと味あっていって下さい。 お願いします。

20052
 スマトラ沖地震による津波被害情報で、お正月気分もほどほどの年明けになりました。地球が活発に活動している生きた天体であることを、あらためて思い知らされたようです。
 活発な活動家といえば、子どもたちもそうです。暑さ寒さに関係なく、また朝・昼・夕と関係なく、いっときも体を休めることはありません。まるで無限のマグマが、体内から湧き出ているような感じさえします。
 この子どもたちの活動を見るとき、特に手や指の動かし方に目を留めて下さい。
 人間の手の動きほど不思議なものはありません。何をするにしても手を動かさないと始まらず、まるで自分の気持ちを代弁しているかのようです。それもそうでしょう。手は「第2の脳」、または「目に見える脳」と呼ばれており、その理由は、手()には2万本以上の神経が張りめぐらされ、それが全て頭脳と直結しているからです。
 子どもの順調な成長を願う私たちは、特にこのことをしっかりと頭に入れておく必要があります。というのも、頭脳の発達(人格の土台づくり)90パ−セントが8歳までに行われ、そのほとんどが手()の動きからもたらされるからです。
 だからなのでしょう。遊ぶときもお仕事のときも、子どもの手の動きは休むことを知りません。実に楽しそうに、器用に、しなやかに、そして疲れも知らずに動かしていきます。動かせば動かすほど、使い方の幅も広がっていきます。モンテッソ−リ教育法の基本のひとつは、「子どもの手()を休ませない」ことですが、わざわざ言うまでもないほどです。
 このように、子どもは手で自分を作っていきます。しかもフルスピ−ドで作っていきます。だからつまらない時間の過ごし方や、長々とテレビを観ているひまなんかはありません。おとなより忙しいのが子どもです。だから子どもを忙しくするものを、回りにいっぱい準備しておきましょう。そして芸術家のような子どもの手の動きに、目を細めていきましょう。これが子育てです。

20051月「明けましておめでとうございます」

 元旦の新聞では「戦後60年」という文字がさかんに使われていました。ちょうど私が生まれ生きてきた時代ですが、その特徴は「戦争をしなかったこと」「健康で長寿になったこと」「経済的に豊かになったこと」です。「年金制度をはじめいろいろな改革は進まない」「国は何百兆円も借金をかかえている」「自衛隊はイラクへ行っている」等の異論はあるでしょうが、今の日本は、昔の人がめざした理想郷(ユ−トピア)を実現しているといっても過言ではありません。
 しかしどんなことでも表と裏があるもので、こんな時代には「敵が攻めてきて戦死者が出る」とか「食べ物がなくて飢え死にしそうだ」という緊張感・緊迫感がうすくなります。こんな外部的要因の少ない時代でも人間が成長し続けるためには、「自分で自分にどれくらい刺激を与えられるのか」、「自分で自分自身をどれくらいコントロ−ルできるのか」ということが求められてきます。
 この求めに応じて生きていくためには、次の3つがポイントになるでしょう。
 @ゆるぎのないプライドを持つ。
  「七転び八起き」というように誰でも何度かは転びます。それを助け起こしてくれるのが自分のプライドです。そのために子どもが小さい時から、「たったひとりしかいない尊い人間である」、「人の役に立てる人間である」、「誰からも愛されている人間である」ことを自覚させていきましょう。
 A豊かな知性を身につける。
  知性とはどんな環境でも生きていける力ですが、そのためにはあらゆる機会をつかまえて、「自分で考え、自分で判断できる」練習を積んでおくことです。そうすれば時代の変化のなかでも、自分がいるべき立場をはっきりとつかむことができるでしょう。
 B自分を抑え他人を思いやる自律心が備わっている。
  緊張感・緊迫感のない社会では、ともすればタガが外れますが、個人の場合もそうです。だからまだ幼い時から、自分を強く表現しながらも、回りといかに協調していけるかのトレエ−ニングが大切です。そんな場面は山ほどあります。その機会を逃さずに、子どもたちに教え身につけさせていきましょう。
ユートピアで生きることは幸せなことです。いま私たちがはっきりと自覚しながら子どもを育てていけば、これからの60年も、きっとユ-トピアが続いていくことは間違いありません。 
                     
200412月「たてわり保育」

 園ではいま、クリスマス発表会の練習がたけなわで、どのクラスからも大きな声のセリフが聞こえています。たてわりクラスですから、どの年齢の子にも公平に演技をさせるための工夫がされています。ですからクラス全員がひとつになって、演技を楽しむ雰囲気が生まれてくるのです。
 「たてわりクラス」は、全国レベルではまだまだ少ないようですが、私は20数年間取り入れてみて、本当に良かったと思っています。
 その理由をいくつか挙げてみましょう。
 @友だちになれる年齢の幅が広くなります。私はこのことを「人間関係の自由」と呼んでいますが、たてと横のつながりがバランス良く広がっていきます。
 A小さな先生(年長児)がたくさんいて、お仕事や生活のしかたを丁寧に教えてくれることの中から、「保育の伝え合い」が生まれてきます。
 B小さな先生はクラスのリ−ダ−でもありますから、自活的なクラス運営をやっていこうという雰囲気も生まれてきます。
 Cそのなかから、年長児(5歳児)の指導力や責任感が育ってくるのが、私には嬉しいことです。というのも、「たてわりクラスにしたら年長児の保育がおくれるのでは」という声が、最初は必ずあがってくるからです。しかし心配無用です。
 モンテッソ−リクラスには、どの子にも対応できる環境を準備することができます。また皆で同じ歌を歌ったり、同じお話を聞いても、年齢により感じ方・受けとめ方がちがってきます。もちろん、クラスの先生の細心な配慮も当然求められますが、年長児の著しい成長ぶりは確かです。 
 幅広い友だちといっしょだと、競争よりもやさしさや思いやりが大切になってきます。多少のもめごとは自分たちで解決します。言いかえれば「平和の心」が生まれてくるのです。「平和は子どもから」とのモンテッソ−リのことばが、「たてわりクラス」から実現されているのではないでしょうか。

2004年11月「文化教育ってなんだろう」

 深まっていく秋と歩調をあわせるように、子どもたちのお仕事も、広がりと深まりを見せてくれます。大きな紙いっぱいに描いた世界地図と取り組んでいる子、一枚ずつのりで貼りながら、何メ−トルもあるタイムライン(生命の歴史)を完成させている子、昆虫や鳥類の図鑑と何時間もにらめっこしている子など、この子どもたちはまだ6歳前後なのに、何をしているのだろうと思われる不思議な光景です。
 子どもには数多くの敏感期がありますが、6歳頃から「文化の敏感期」にさしかかります。誕生以来これまでさまざまな体験をし、多くの活動を獲得してきましたが、その枠を飛び越え、もっと広い世界へ飛び出し、もっと幅広い知識を手に入れたいという欲望が生まれてくるのです。「歴史」「地理」「天文」「生物」、さらに「地学」や「医学」的なものにまで興味が広がって、とどまるところを知りません。
 幼児期を過ぎ児童期へ入ると、子どもを取り巻く環境は大きく変化していきます。その環境を上手に自分の中に取り入れるためには、子どもは今まで以上に知性を豊かにはたらかせ、知識の獲得にもどん欲になってきます。まさにもっと広い世界へはばたく準備段階に入るわけです。
 私たちはこんな子どもの活動を「クモの巣」にたとえます。クモは巣にかかった虫をすぐには食べずに、糸にくるんで保管し、いつか又取り出して食べます。「文化の敏感期」にある子どもたちも同じ事で、すぐには役に立つとは思えない知識や体験を、せっせと貯めこんでいます。そして広がっていく環境に合わせるように、取り出して使っていきます。これもまた「自然が子どもに与えたプログラム」なのです。ですから私たちは、子どもの成長のプログラムが実現されるように、環境を準備し活動を見守らなければいけません。そうすれば、必ず子どもの生命が持つ神秘性に触れることができるでしょう。

2004年10月「次々新しい自分が生まれる」

 少しお天気の心配をしましたが、無事運動会がおわりました。最初から最後まで、少しも調子をゆるめずにプレイを進めていく子どもたちに、いつものことながら感心させられます。また多くの子どもたちから、今まで気付かなかった姿を見せられ、確実な成長ぶりに目を細めてしまいました。
 運動会だけでなくいろいろな機会をとらえて、子どもはプルンと皮を脱いで、新しい姿を見せてくれます。8歳までに、自分という人間の90パ−セントを創りあげていきますから、次々と古い皮を破っていくのは当然のことでしょう。ただここで大切なことは、徹底的に自分の身体を動かさない限り、古い皮は決して破れないということです。なぜ子どもたちが、何をするにもチャレンジ精神いっぱいに取り組むのか、その秘密にはここにあるのです。
 子どもには無限の可能性があるといいますが、それはあくまでも、疲れも知らずに自分の身体を動かし続けるからでしょう。黙々とお仕事をこなしていき、豆ができ手のひらが真赤になっても鉄棒にぶら下がり、芸術品のような泥団子もつくって見せます。大きな声を出し、朗らかに笑い、時には大粒の涙を流しもします。全てがものすごい生命力の現れですが、活発な活動をすればするほど、子どもの生命力は強まっていくように感じられます。
 一日ごとに、ひと月ごとに、次々と新しい自分を見つけられる子どもたちは、だからこんなに毎日生き生きした表情を見せてくれるのでしょうね。      

2004年9月「一歩前進日本人」

 興奮のうちに、アテネオリンピックも終わりました。メダルの数もさることながら、私は若い選手たちの態度や話すことばのなかに、日本人が一歩前進したのを感じ、大変満足しています。「自分が楽しんだ」「家族や応援してくれた人に感謝する」と、実に自然な姿で自分を主張し、表現されていたからです。「日本人がこれから世界の中でどう生きていけばよいのか」という問いかけに、少しずつ答えが出されているといってもいいのではないでしょうか。
 私はこれまでずっと、「新しい日本人を」という理想を持って仕事をしてきました。というのも、日本人の持つ良いものは世界のどこででも役に立つのに、それがこれまで活かされていなかったからです。「勤勉さ」「工夫してものを造りだす能力」「公共心を愛し道徳を大切にする」「協調性があり平和的である」ことなどが世界中で活かされていたら、どれだけみんなの生活を幸せにするかわかりません。
 残念なことに、日本は島国であり目を内に向けた生活をしてきたため、これまではその長所が世界でうまく発揮できませんでした。しかし、子どもの頃から自分の思いどおりに活動し、広い視野を持って行動できる精神を育てていけば、いつかはきっと日本人の殻が破れてくると信じています。
 園でかかげる目標である「自立」「自由」「自律」に沿って、子どもたちが毎日生活しているのはそのためです。どの子も素晴らしい能力と性格を持っているのに、これを世界中の人たちのために活かさない手はありません。工夫して努力してあの絶妙な泥団子を作る手が、やがてみんなのために全ての卵を作る手に変わるでしょう。
 オリンピック選手のあの晴れやかな笑顔と園の子どもたちの笑顔をダブらせながら、私たちは今、正しい道を歩み続けていることを、あらためて信じさせられた次第です。 

2004年7・8月 「手のひらのまめ」
 午前のお仕事が終わったあと給食までの時間が、体育遊びの時間です。オレンジからみどりまで、グル−プに分かれてさまざまな体育活動を繰り返します。
 モンテッソ−リ教育といえば、ついいろんな教具を使った室内活動と思われがちですが、決してそうではありません。大きな筋肉と小さな筋肉・動き回ることと静かにしていること・ひとりの活動とグリ−ル−プ活動など、子どもをいろいろな方向から見つめて、全体的にバランンスよく成長させることを目指しています。
 このことは子ども自身がいちばん良く理解していて、今まで何時間もクラスでお仕事に取り組んでいたかと思うと、園庭でも汗びっしょりになりながら、跳び箱や鉄棒・うんていに取り組んでいます。そして誇らしげに見せてくれるのが手のひらの豆です。「見て見て。三段になったよ」というその手のひらには、確かに14つか5つの豆が3列、計10何個かの豆がきれいに並んでいます。なかにはやぶれかかったまっ赤な豆もあります。「痛そうだから今日はやめたら」と言うと、「だって面白いもん」と続ける姿から、子どもの過ごす生活密度の濃さを、あらためて感じさせられます。
 8歳までに頭脳の9割を完成させる子どもの1時間や1日は、おとなの私たちのそれとは全く異質なものと言わざるを得ません。ゆとりの時間やいやしの時間などとは全く無縁で、生活全てのなかに成長への刺激を求めています。身体全体からアンテナを張り出して、どこに刺激があるのか求めています。まさに獲物を追い続ける動物のようなもので、だからこそ充分な活動のあとには、あんなにおだやかな満足した表情を見せるのでしょう。
 手のひらの豆は成長の印であり、誇らしい金メダルみたいなものです。「子どもから学びなさい」と言い続けたモンテッソ−リは、このことをよく知っていたからでしょうね。
        

2004年6月 「親子で話し合う」
 朝夕の折には、子どもたちが送り迎えのご家族の足もとで、たわむれるように動き回っているのを見て、とてもほほえましく思います。家族とのきずなを完全に信頼し、いろんな表情のなかに安心感があふれています。小さな子どもを育てるのは大変なことではありますが、いつも親子がいっしょということは、一番幸せな時でもあります。
 成長していくためには当然のことですが、少しずつ子どもは親もとを離れていきます。特に中学生・高校生になると、子どもが遠く離れたところにいるように感じられます。というのも「自分さがしの旅」が本格的に始まっていて、子どもは「自分は一体誰なのか?」という自問自答のなかにあり、その分気持ちのなかで親の存在が薄くなっているからです。
 だけど、たとえそうであっても、親子の信頼で結ばれたきずなだけは、しっかりと保っておきたいものです。そして、そのきずなを作りだすのは今しかありません。
 子どもに限らずおとなでも、ひとは誰を信頼し安心感を持つのでしょうか。それは自分の気持ちを大事にしてくれて、自分の話をよく聞いてくれる人に対してです。たとえ口べたであり、また内気な人でも、話したいことは山ほど持っています。子どもも同じことで、自分の言うことをじっくりと聞いてもらえるのは、どんなに幸せなことかわかりません。
 子どもがどんなに小さくても、またたとえ内容が幼いものであっても、じっくりと耳を傾けてください。たとえ答えがわかっていることでも、子どもに質問したり相談してみてください。家族会議のときは、必ずその一員に加えましょう。
 こうして小さい時から自分の気持ちを大切にされ、ひとりの人間として尊重された経験は、いつまでも消えることはありません。たとえ思春期となり付き合いが難しくなっても、親子のきずなというより人間対人間の深いきずなが、きっと愛情と信頼につつまれた雰囲気を、かもしだしてくれるものと信じています。

2004年5月 「目指すところは 自立 自由 自律」
 先日、四月生まれの誕生会を開きました。たくさんの新入園児がいるはずですが、全くいつものとおりに、最後まで整然とした態度の子どもたちでした。この子どもたちの顔を見渡しながら、エミ−ル保育園で生活するなかで、人が生きていくとき最も大切なことをぜひ身につけさせたいと、改めて思い至りました。
 その大切なものとは、「自立」「自由」「自律」です。
 「自立」とは自分の力で立つすなわち自分のことに関しては、他人の手や気持ちをわずらわせずにやっていくことです。自分の足で立って歩くことから始まり、クラスの自治的運営まで、子どもの成長は自立への足取りといっても過言ではありません。そのためには、自立に必要な環境づくりと大人の手助けを徹底させていくつもりです。
 「自由」とは、あくまでも自分の気持ちを大切にしながら、考え、判断し、行動していくことです。人が人として尊重されるために最も大切なことですが、大人と子どもの関係のなかではつい見過ごされがちです。といっても、大きくなってからでは手遅れです。モンテッソ−リ教育は、「子どもに自分で選ばせる活動」を続けますが、そのために、いやでも自分の意思をはたらかせていくことが必要です。
 「自律」とは、自分で気持ちや行動をコントロ−ルすることです。人が人間関係や環境を共有するとき、自分中心であり続けたら全てがうまくいきません。他人を尊重し環境へも配慮してこそ、人格がより高められていきます。決して強制されることのない自律の習得を、三本柱のひとつとして目指して
いきます。
 最後にこの三本柱を実現させ
るために、私たちはどうあるべきかです
が、必要なのは「愛情」「信頼」「忍耐」「謙虚」です。こんなに書いてしまえば簡単ですが、理解さえしておけば実行も簡単です。この四つについては、又別の機会に触れてみましょう。

2004年4月 「バランスよく成長させる」
 満開の桜の花とともに、今年も60名ほどの新しい子どもたちが入園しました。新しい環境のなかで不安な気持ちがいっぱいでしょう。しかしこの子どもたちが、先日卒園児が見せてくれたように、1時間も背すじをピンとして座り、大きな声で自分の想い出や夢を話せるように成長してくれるかと思うと、楽しさがふくらんできます。一日も早く園の生活に慣れ、大いに個性を発揮してくれることを願いましょう。
 ところで、ちがった個性が育つことは当然としても、だからといって放っておくわけにはいきません。特に人格の基礎や脳の内部が完成に近づく8歳頃までは、最良の環境が必要ですが、そのひとつが「バランス」です。
・「知性」「情操」「意思」の発達
・クラス活動(小さな筋肉)と園庭活動 (大きな筋肉)
・静かにする時と大声で走り回って遊ぶ時
・自分の意思で自由な活動をする時と、ル−ルを守り秩序正しく行動する時
・異なる年齢の中でつくりあげる友だち関係等、いろんなケ−スで良いバランスがとれるようにしなければなりません。
 同じことは家族でもいえます。
・園と家庭での子どもの見方や子育ての方法が父親と母親の子どもへの接し方
・テレビやゲ−ムと他の活動の割合
・ほめる時と叱る時等、いつもバランスがどうかを考えてみてください。
 バランスのとれた人格のもとに育てられた豊かな個性こそが、子どもたちを素晴らしい人生へ導いてくれるものと信じています。

2004年3月 「いつも子どもに問いかける」
 まもなくみどり組が巣立つ日がやってきます。先日のお別れ遠足でも感じましたが、どの子も実に落ち着いた態度で、分別をわきまえた行動をとっており、自信を持って小学校へ送り出すことができそうです。
 ところで関西大震災に際し、外国人を大変驚かせたことがあります。それは、あれだけ社会が大混乱したのに、集団的略奪や強奪が全くなかったということです。これは、日本人がやっていいことと悪いことの区別をわきまえつつ、知的にも精神的にも成熟しつつあるはっきりとした証拠です。
 卒園する子どもたちは、こんな日本人になるように、新しい一歩を踏み出していきます。いろんな場所に身を置き、多くの人間と接しながら、体験を積み重ねていくことでしょう。
 私からの願いですが、その体験の中に、「いつも子どもに問いかける」ことを、是非つけ加えて下さい。
 問いかけられた子どもは考えます。持っている知恵を全部はたらかせようとします。最初は浅くても、次第に深みが増してきます。これは良く考える人の人間性の深さにつながってきます。
 また、問いかけられた子どもは視野が広がってきます。いろんな角度から幅広く答えを見つけようとするからです。広い視野を持つ思考力は、必ず幅広い行動力を生み出していきます。
 さらに、問いかけることは論じることにつながっていきます。論じることによって子どもは違いがあることを知り、その違いを自分の中に受け入れる努力をすることでしょう。
 子どもは問われることが好きで、問われることを待っています。なぜなら、問われることによって、自分がひとりの人格者として認められていると感じるからです。
 子どもを知り親を知ってもらうには、「語り合い」にまさるものはありません。「問いかけ」から始まる親子の対話を通して、これからもグングン成長していく子どもの姿を楽しんでいって下さい。

2004年2月 「体の成長は心の成長」
 寒いなかの保育参観、ご参加ありがとうございました。それぞれの専門講師による分野が展開されましたが、いかがだったでしょうか。私はなかでも、みどり組の描いた絵をみてびっくりしました。というのも、消すことのできないサインペンを使ってどの子もはっきりとしたラインで、自分のイメ−ジを表していたからです。自分の筆づかいに何の迷いもなく、自信を持って手と腕を動かしていったことを、強く感じさせられました。
 エミ−ルでの保育目標のひとつは、「自分の思いどおりに動かすことのできる身体をつくること」です。これは「正しい身体の動きから、バランスのとれた善い精神が生まれる」という、モンテッソ−リの主張に基づいています。ですから無駄な意味のない動きを直させたり、全く身体を動かさないで何かを学ばせようとすることは、できるだけ避けています。
 保育参観での、後半の教具紹介で感じ取られたでしょう。子どもたちの毎日の活動は、広い範囲にわたるそれぞれの目的を持った教具の助けを借りて、自分自身と向い合っています。もちろん何かが出来たときに、達成感や満足感もあるでしょう。しかしそれよりも、「ゆっくりと」「正確に」「精密に」お仕事を進めていくそのことが、自分の心(意識)にはたらきかけ、また逆に、心(意識)が身体を動かしていることにもなるのです。子どもたちはこんなに内容の濃い活動を毎日続けているのです。
 身体の成長は目に見えますが、心の成長は見えません。しかし、白い画用紙に描かれたスッキリとした直線や曲線をとおして、子どもの心を垣間見たような気がしました。まさに驚くべき心の成長です。この成長を、私たちも真正面から受け止めるよう、心がけていきましょう。

2004年1月 新しいページをめくる 
 あけまして
  おめでとうございます。 
 2004年のお正月を、また新たなお気持ちで迎えられたことでしょう。今年もエミール保育園を、どうぞよろしくお願いいたします。
 このたよりは、パリのホテルで書いています。23日に出発して2日までの滞在ですが、パリを拠点として、オランダのアムステルダム、ベルギーのブリュッセルとアントワープ、パリ近郊のランスとルーアンへも足を伸ばしました。どの街にも、何百年もかけて建てられた大聖堂があり、どっしりと構えて、街の人々の生活と信仰を見守り続けています。見知らぬ街を、こうしてフラリとたずねる旅が私は大好きです。汽車を降り駅から一歩出るたびに、新しいページをめくるような気持になります。好奇心をくすぐり視野を広げてくれる旅ですが、なにより、ページをめくるごとに、私の中に新しいエネルギーが充ちてくるのを感じるからです。そしてこのことが、帰ってから再び園の子どもたちと交わるときの、大きな心の糧になってくれると信じています。
 子どもの成長はあまりにも早く、発し続ける感覚はあまりにも新鮮で、子どもがめくるページには、毎日ちがった絵が描かれていることでしょう。こんな子どもたちについていくのは容易ではありません。しかし、たとえわずかでも、自分の中に童心にも似た無邪気な好奇心や探究心を持ち、それを実現させる努力をすれば、自分なりの新しいページをめくれるのではないでしょうか。
 お正月を迎えても、子どもの頃ほどワクワクした気持になれないのは残念ですが、それでもこの新たな1年を充実させ、子どもたちと共に、楽しく力強く歩いていこうという気持がわいてくる旅だったことをご報告いたします。

2003年12月 「ホルメー自分で成長していく力」
 青菜若菜の木かげの下で、また夏の炎天下のなかで、そして黄色く色づいたこの季節になっても、子どもたちの元気な活動は、全くおとろえることを知りません。モンテッソーリはこんな子どもたちの姿を「あたかも弓から放たれる矢が、まっすぐ確実に飛んでいく」と言っています。このように、自分の生命力につき動かされるような勢いで育っていく力が、「ホルメ」と呼ばれるものです。
 「ホルメ」は「自発的成長発達力」で、いはば「やる気」「意欲」であり、生まれつきどの子も持っています。
@
 ですから私たちおとなが気をつけることは、「過保護」「過干渉」などによって、ホルメの勢いをじゃましないことです。よく「子どものやる気を育てる」などと言いますが、これは間違いで、「子どものやる気を失わせない」が本当です。
A
 だからといって、放っておいては良い育ち方は望めません。大切なものは。「子どもの成長に必要なものが全てそろっている環境で、自由な活動を保障してやること」であり、今これがモンテッソーリ教育の最大の目的でもあります。
 よく、「モンテッソーリクラスでは、先生がどこにいるかわからない」と言われます。先生は子どものために環境を準備したら、あとは「でしゃばり過ぎず、引っこみ過ぎず」の態度で子どもに接していきます。さらに「先生がクラスにいてもいなくても、いつも変わらぬ活動を続けていく」ことが理想ですが、それも子どもが持つホルメを信じているからです。
 以前見学に来られたある先生が、園庭で遊び回る子どもたちを見て、「どの子も目的を持って遊んでますね」と言われました。まさに「ホルメ」が、子どもの全ての活動であらわれている証拠だということを、感じ取られたのでしょう。
 私たちも子どもの持つ「ホルメ」を信じ感じとっていきましょう。そうすればきっと多くのことを教えられ、子育てが楽しいものになっていくでしょう。

2003年11月 「自分さがしの旅」の条件
「秋の深まり」はとりもなおさず「保育の深まり」です。こども達は、8歳までに90%出来上がる「自分づくり」をめざして、毎日規則正しく充実した生活を過ごしています。
 人間は 動物と違い、非常に高度な精神の持ち主でありますので、一生かけて自分を作っていくと同時に、「自分は誰だろう」「自分は何だろう」と「自分探しの旅」も続けていきます。そのたびの途中で大きな喜びや感動、悩みや悲しみに出会い、それがまた自分を作っていくことになるのです。子供のまさに「自分探しの旅」へ出発しようとしていますが、上手な旅をする為には、次の3つのことが大切な条件であることを私たちははっきりと理解していなければなりません。
@
「探究心」を育てていくこと。子供は探究心が旺盛で、環境を探り、環境を広げていきながら自分の中に取り込み、自分を理解する手段としていきます。ですから、探究心をかきたて好奇心を満足させるような、豊かな環境を準備しなければなりません。
A
安心できる自分の居場所(定位)があること。周りから認められ自分も心地よい場所(位置)があることは、気持ちを安定させてくれます。子供はその位置を足がかりとして、次の場所へ進もうという意欲をあらわしていきます。
B
「秩序」のある環境の中で生活すること。子供は環境で準備されている秩序を自分のものとしながら、社会の仕組みを理解していきます。だから「クラスの隅々にまで秩序の網を張りめぐらせておく」ことが必要となってきます。
 「自分探しの旅」は決して優しいものではありません。しかし、小さなときに3つの条件を満足させておけば、少なくとも旅の途中で、迷子になったり遠回りしない方法を考え付くことが出来るでしょう。子育ての極意はこんなところにあるのかもしれませんね。

2003年10月 「いまここで、どう動けばいいのか」
 台風にはいささか心配させられましたが、無事に運動会を行うことができました。まだまだ暑い日ざしのもとで、朝の入場行進から最後の「ガンジ−のことば」まで、子どもたちは元気よくしかも整然とした姿を見せてくれました。こんなに素晴らしい運動会のときはもちろん、遠足に行ったり一泊のキャンプの時にも、私はひとつの事実に気づかされます。それは、「子どもたちを安心して見ていることができる」ということです。
 モンテッソ−リ教育では、ひとりひとりの子どもが、いま自分のやりたいことをやっていくという活動が中心です。あくまでも自分のペ−スで、必要な時しか助けを求めず、達成感も自分で感じればよいのです。そんな子どもたちが、どうしてあんな立派な集団行動がとれるのでしょうか。その答えは、
@
「いまここで、自分は何をしなければならないのか」という環境への適応力と、
A
「自分の身体を思いどおりに動かすことができるか」、という行動力にあると思われます。
お仕事に真剣に取り組んでいる時子供の意識は全開(一生懸命考える)してい ます。使える頭脳は全部使い、仕事の段取りを考え、進行状況を見はからい、最後までの見通しを立てていきます。そしてそのお仕事のなかでの自分の位置を確 かめています。
 また子どもは、お仕事や体育遊び、自由時間に、いろんな活動に積極的にチャレンジしています。そして自分でできる運動の範囲を、どんどん広げていっています。
 この2つの能力が上手に組み合わされれば、子どもにとっては、個人活動も集団行動も全く同じことになるのでしょう。たとえ沢山の友だちといっしょでも、自分は何をしなければいけないのか、はっきりと理解できるのでしょう。子どもが健やかに成長するというのは、こんなことなんですね。さあ、次の成長の姿を、楽しみにして待ちましょう。

2003年9月 「子どもと平和教育」
 7月末に沖縄の那覇市で、「平和教育」をテーマにモンテッソーリ教育の全国大会が開かれました。「子供に平和教育?」と不思議がられるかもしれません。しかしモンテッソーリは、「子供こそ平和建設の鍵」といい、そのためには「日常的な生活の中から、平和的な人間を作り出していかなければならない」と主張しています。これはユネスコ憲章にある「戦争は人間の心の中で始まるものであるから、人間の心の中に平和のとりでを築かなければならない」ことと同じ意味を表しています。ですから毎日の生活の中でこのことについて充分に配慮していくこと、これが「平和教育」ではないかと考えています。
@
 子供が自分の意思を尊重される中で、意思を尊重することは、人間としての尊厳を尊重することであり、人格を認めていくことです。子供はその中で自分を愛し、自分を確立していきます。また同時に他人の意思を尊重することを学び、他人の尊厳も理解していきます。
A
 クラスで「お仕事」に取り組むことの中でお仕事には、「選択力」「意思」「集中心」「忍耐」「自制心」が必要で、思い通りに動く身体をつくると同時に、心と体の安定した関係を生み出していきます。気持ちを集中し満足した後の子供の表情は、まさに平和そのものといってもいいくらいです。
B
 「たてわり保育」の生活の中で、異年齢がまじりあり、より幅広く自分と違った友達と暮らすたてわり保育では、お互いに愛や賞賛、それに尊敬心が生まれ、兄弟意識に似たものを芽生えていきます。弱者に手を差し伸べ、争いを未然に防ぎ、より良い生活に向けて力を合わせる姿は、高い道徳心や豊かな知性さえ感じることが出来ます。
 以上述べたように、幼少期の平和教育は安定した情緒の元にバランスの取れた人格を創造し,公平で思いやりのある社会生活を身に付けていくとから始まります。そしてこれらのことが、「自分の心の中に平和のとりでを築く」第一歩となっていくものではないでしょうか。

2003年7月 「抽象の世界へ導く」 
今日もまた子どもがふたり、玄関ホ−ルで「1000のビ−ズ並べ」をしています。赤くて細長いじゅうたんの上に、10のビ−ズを100個並べて、それをひとつずつ数えていくお仕事です。私がそばを通りかかると、「先生、もう850まできたよ」と、嬉しそうに言ってくれました。おとなから見れば、「何とまあ手間ひまかけて単純なことを」と思いがちですが、子どもは「自然が定めたプログラム」に沿って、具体物を手にしながら抽象の世界へ近づいているのです。 
 赤ちゃんは、手当たり次第どんなものでも、まず口に入れ、物の形や性質を確かめようとします。この赤ちゃんが、その後たった6年後には小学校へ行き、教科書という抽象的な内容のものを使って、学んでいかなければなりません。ですから、全てが具体物をとおしてしか環境を確かめられない世界から、いかに無理なく自然なかたちで、子どもを抽象の世界へ導いていくかが、私たちの大きな役目のひとつでもあります。
 私たちは、「無理なく自然に」を実行するために、次の2つのことを手掛かりとしています。ひとつ目は「敏感期」を見きわめることです。どの子にも、「運動」「感覚」「言語」「数」「社会性」等に対する敏感期があり、その時期には本能的ともいえる強いエネルギ−で、関心のあるものを自分の中に取り込んでいきます。   この時期を逃さず、ふさわしい環境を準備すれば、子どもは自ら喜んでその環境の中に飛び込んでくれます。2番目はその環境の中に、具体物から抽象へという順序・段階を踏まえた連続性(系統性)を持たせることです。子どもの知性のあらわれや環境の選び方は実に確かなもので、決して順序・段階を無理に飛び越したりしません。最初は自分の手や指や目で、正確に理解できるまで確かめていき、次は半抽象的なもの(絵カ−ドや数字カ−ド)へと進みます。そしてやっと文章を読んだり作ったり、紙の上で計算したりするようになるのです。
 モンテッソーリ教具は、全てこの道すじがはっきりしています。実に「子どもに優しい教具」だと感心していますが、皆さんもそう思われませんか。

2003年6月 「社会的知性を身につけていく」
五月晴れと新緑のもとで遊ぶ子どもたちを見ることほど、心が浮き立つものはありません。きっと自然の「気」と子どもが発散する「気」が、園庭いっぱいに充満しているからでしょう。
 それにしても子どもたちは、さして広くもない園庭で上手に群れ合いながら遊んでいます。「私は幼稚園の砂場で、人生の大切なものを学んだ」という本がありましたが、あながちおおげさなことではないようです。というのも、現在では人間の脳の発達に関する研究が随分進歩して、子どもの頃に本当に育てておかなければいけないのは何かが少しずつはっきりしてきたからです。
 ある脳科学者は、人間の知性の内容を8種類に分析し、その中でも特に「言語的知性」と「社会的知性」が大切であると言っています。というのも、人はひとりでは生きていけない以上、これからずっと「他の人といっしょに楽しく豊かな人間関係」をつくっていく必要があるからです。
ですから子どもが社会的知性をいかに育てていくかが、私たちの大きな役目になりますが、ポイントとして以下のようなことが挙げられるでしょう。
@
まず子どもをひとりの人間として尊重し、あたたかく受け入れてやる。
A
自分は価値のある人間で、友だちのためにも役に立っていると自覚させる。
B
自分の意思が最大限尊重されると同時に、友だちの意思も尊重しなければならないことを理解する。
C
それぞれ性格や得手不得手にちがいがあることを知り、ちがった者どうしの組み合わせの楽しみを知る。
 このような環境のなかで生活するうち、子どもは「自己主張」と「従順」のバランスの取り方を覚え、ちがった他人から自分にないものを学び、どうしたら自分の楽しみと他人の楽しみがひとつになれるかを考えていきます。これが「社会的知性」です。
 無心に遊びまわっているように見える子どもたちのなかに、こんな素晴らしい生きていく知恵が育っていると思ったら、これまたワクワクしてきますね。

2003年5月 「主人公は子どもです」
「緑したたる」とはよく言ったもので、天から降ってくるような青葉・若葉のもとで遊ぶ子どもたちの、なんと元気のよいことでしょう。新しく入園した子も加わり、この初夏の気候は「まさに自分のためにある」といわんばかりに活動しています。このように、環境をとことん自分のものにしていくのが、子どもの大きな特徴です。
 子どもが「成長する」ことは、「自分を創っていく」ことです。ですから子どもが「自己中心的」になるのは当然のことですが、大切なのは私たちおとながそのことを理解していて、本当に子どもが中心となる環境を準備しているかどうかです。モンテッソーリ教育の基本は、「子どもには自分で成長・発達していく力があり、おとなは子どもの要求を理解し、自由を保障しながら自発的活動の援助をしていく」ことです。ですから園全体の雰囲気のなかで、「あなたが主人公ですよ」と感じさせなければなりません。
そのために
@
自分のことは自分でできるように、 生活の技術や習慣を身につけさせる。
A
子どもの成長の要求にぴったり合うような環境を、いつでも利用できるようにしておく。
B
活動の対象や開始それにペ−スは、子どもの気持ちを尊重し、おとなが余計な口出しをしない。
C
自分が感じていることや思っていることを上手に表現できるように、何度も練習していく。
D
「自分は価値のある大切な人間だ」ということを、少しずつ意識させていく。
 このような体験や環境のなかで、「こんなに毎日楽しく過ごせるのは、自分が主人公だからではないだろうか」と思ってくれればいいのです。「成長することは変わること」です。そのうち必ず「自己中心」から脱皮して、「他人とのかかわり」に気持ちが移ってきます。楽しい人生は、どれだけ上手に他人とかかわっていけるかに大きく関係しますが、その土台となる「自分づくり」のためにも、小さい時に主人公としての生活を、心ゆくまで体験しておくことが必要でしょう

2003年4月 「バランスよく成長させる」
 満開の桜の花とともに、今年も60名ほどの新しい子どもたちが入園しました。新しい環境のなかで不安な気持ちがいっぱいでしょう。しかしこの子どもたちが、先日卒園児が見せてくれたように、1時間も背すじをピンとして座り、大きな声で自分の想い出や夢を話せるように成長してくれるかと思うと、楽しさがふくらんできます。一日も早く園の生活に慣れ、大いに個性を発揮してくれることを願いましょう。
 ところで、ちがった個性が育つことは当然としても、だからといって放っておくわけにはいきません。特に人格の基礎や脳の内部が完成に近づく8歳頃までは、最良の環境が必要ですが、そのひとつが「バランス」です。
・「知性」「情操」「意思」の発達
・クラス活動(小さな筋肉)と園庭活動
(
大きな筋肉)・静かにする時と大声で走り回って遊ぶ時
・自分の意思で自由な活動をする時と、ル−ルを守り秩序正しく行動する時・異なる年齢の中でつくりあげる友だち関係等、いろんなケ−スで良いバランスがとれるようにしなければなりません。
 同じことは家族でもいえます。
・園と家庭での子どもの見方や子育ての方法が父親と母親の子どもへの接し方
・テレビやゲ−ムと他の活動の割合 ・ほめる時と叱る時等、いつもバランスがどうかを考えてみてください。
 バランスのとれた人格のもとに育てられた豊かな個性こそが、子どもたちを素晴らしい人生へ導いてくれるものと信じています。

2003年3月
卒園式も間近になってきました。「6歳児コ−ナ−」でお仕事をしているみどりさんの顔がすっきりと落着いていて、なんだか1年生を見ているようです。基本的な人格の9割までがこの6年間で創られるそうですが、この子どもたちの姿からすれば、否応なく納得させられます。まだまだかくされている数多くの可能性が、これからも順調に引き出されていったらどんな素晴らしい人間になっていくのか、想像するだけでも楽しくなりますね。
 ところで、「鳥の目」とは、おかしいテ−マだと思われたでしょう。そうです。私は子どもたちに、空高くゆうゆうと飛ぶ鳥の目のようにものごとを大きく広く眺め渡せる人間に育って欲しいのです。大きく見渡すことが出来たら、自分の居る場所がはっきりとわかります。自分がこれから進んでいく方向や、今何をしなければならないかを見通すことができます。世の中の見方も視野が広くなって、幅広い考え方ができるようになります。
 子どもたちにはモンテッソ−リ教育のなかで、毎日そのためのトレ−ニングをしています。「6歳児コ−ナ−」には、1のビ−ズから100万を表す箱まであります。広い宇宙からはじめて、太陽系地球大陸日本九州福岡と、自分の住む町をさがしあてます。地球の誕生から人類の時代まで45億年の時間の流れを「タイムライン」で実感します。生物と無生物のちがいから動物や植物の分類へと進み、最後は「食物連鎖」のしくみまで理解するようになります。
 これからこどもたちが進んでゆく道は、決して一本道ではなく、いくつもの分かれ道があります。平坦な道だけでなくデコボコ道もあることでしょう。その時にあわてたり、恐れたりせずに、自信をもって正しい道を選んでもらいたいものです。そのためにも幼い頃から、ものごとを大きく広くとらえていく資質を身につけていくことは、とても大切なことだと固く信じています。  

2003年2月
1
月からまた「6歳児コ−ナ−」が始まりました。毎日2030人の6歳児が、送迎室では足りずに玄関ロビ−いっぱいに広がってお仕事をしています。その熱心さとお仕事の内容の幅に広さには、いつも感心させられることばかりです。6歳を過ぎた子の特色として、これまで蓄積したものを活かしながら、より大きく深く、もっと社会的なものへと関心を持ち始めます。そんな子どもたちにとって、6歳児コ−ナ−がぴったりと合っているのでしょうね。
 「子どもと環境」大事なことは、@どんな内容の環境を準備するか。Aその環境をいつ準備しておくかの2点ですが、意外と見過ごしがちなのがAについてです。4月当初は3歳〜5歳のたて割りクラスでも、この時期になったら、4歳〜7歳近くに年齢が上がっています。ですから端的に言えば、小学2年生に近い子どもがクラスにいると考えなければなりません。
 こどもだけでなくおとなもそうですが、年齢が上がったからといって成長するものではなく、その年齢にふさわしい環境があるから成長するのです。いいかえれば、ふさわしい環境が、自分の中にある可能性(能力)を導き出してくれるのです。だから私たちは、ひとりひとりの子どもの成長をよく観察して、その子の成長がもうひとつ先に進めるような環境を、一歩早めに準備しておかなければなりません。ですから、クラスの環境で無理なときは、子どもが高年齢のクラスに移るとか、6歳児コ−ナ−みたいに、全く別の環境を持つクラスを準備しています。このことを「環境の連続性」と呼んでいますが、「成長の連続性の保障」と言った方がわかりやすいようです。
 子どもの知性の発達は目覚しいものがあり、万全な対応が必要です。もしこの対応を怠れば、「子どもの知性が退屈し目的もなくさまよい歩く人間」をつくり出してしまいます。
保育の面白さと難しさを教えてくれる、大切な問題ですね。

2003年1
真冬らしい寒さを伴った今年の幕開けでしたが、新しい年を迎えるにあたり、気持ちを引き締めなさいということでしょう。そのとおりの気持ちで、また子どもたちを迎えたいと思っています。
 ところでモンテッソ−リは、永い間の観察と、自分の考案した教育法で姿を変えていく子どもたちを、「新しいこども」と呼びました。どんな子どもの姿かといえば、
・自分の意思を大切にし、自由な人間としてはばたこうとする子ども。
・環境を自分のものとし、自立し主体性を持った「生活の主人公」となれる子ども。
・「自己教育力」を身につけ、生涯にわたって学び続ける態度を養っていくこども。
・他人に対する寛容性や従順性を持ち、人や環境に優しい気持ちを持てる子どもです。
 実に素晴らしい姿ですが、その実現のためにモンテッソ−リは、「子どもの生命に奉仕しよう」とも言っています。
すなわち、あるがままの子どもを認め、「自然のプログラム」に沿って成長するのを助け、「愛情」「信頼」「忍耐」「謙虚」の気持ちで子どもに接しなさいということです。いいかえれば、「新しい子ども」の姿を見たいと思うならば、まず「新しい自分」になりなさいということです。
 そのために、まず私たちから子どもを見る目の曇りを取り除きましょう。「新しい自分」を、自信をもって子どもの目の前に差し出しましょう。
 「新しい子ども」は、必ず「新しいおとな」になります。何となく暗い世相の世の中ですが、子どもたちの持つ「生命の光」を感じると、そんな気持ちも吹き飛んでしまいそうですね。