「AI」 vs. 子ども達の考える力
ご進級・ご入園おめでとうございます。
福岡の桜もそろそろ満開のようですね。子どもたちと一緒に、毎年恒例「室見川のお花見」に行きたくなるような春らしい季節になってきました。
さて、巷では昨今急速に進化したAIのことがニュースなどでも取り上げられています。今後は様々な分野でAIやロボットの恩恵を受けるような時代の到来でしょうが、子ども達の育ちを考える上では、いいことよりも憂慮するようなことが多く思い当たるので、かなり心配になります。子ども達にとってこの全てをAIに依存するような時代は、どんな様相を帯びていくのでしょうか。
ここ20〜30年の間のパソコンやスマホの普及だけみても、私たちの社会は情報の流通やそのほか多くのことがデジタル化し、大いに発展したように思いますが、子どもが育つ環境の目線で考えると、実体験がスクリーン上の作業に取って代わり、そのことで多くの問題が発生しています。例えば単純に「ネット中毒になる」「目が悪くなる」「劣悪なコンテンツに影響を受ける」などだけを考えても、すでに子どもの発達上かなりの悪影響がでて、実際にそのことで以前には存在し得なかった問題が家庭内で山積みになっているような気さえします。
それに加えてこのAIの台頭です。モンテッソーリ教育の現場では、子ども達がしっかりと自立していくために、「自分で考えて行動する」ということを何よりも大切にしています。ここでは大人は、①「すぐに答えを教えることをせず」、まずは②「やり方を見せ」、③「子どもが自分で考えたりできたりする部分には手や口を出さず」、④「作業の時間をたっぷりと与え」、⑤「間違っていてもいちいち指摘したり訂正したりせず、時間をかけてその結果から学んでもらう」ということを常に心がけています。
これは言い換えれば、このような子ども達が自分で考える素地を育むための仕組みを、大人達が自分の欲望に任せて早急に行動することを「抑える」ことで可能にしている、とも言えるわけですね。
それに対しAIは、なんでも一気に答えを、なんの作業も探求もなしに与えてくれます。大人の私たちが急いで作業をこなさないといけない時には強い味方になってくれるでしょうが、まだまだ発達中の子どもたちにとっては、その脳が「より良く育つ時間」の大半を奪われるという事態になりかねません。
時代の波には逆らえないので、今後、いずれにせよ私たちはAIに頼らざるを得ないことが多くなるとは思いますが、子どもたちの可能性を考えると、生まれてからできる限りのところまではその接触を回避したいところです。皆さんはこのことについてどんな風に考えていますか?
園長 大原青子

